分科会

戦争に行った者の子孫として 阿部 真希子

 昨年の夏、教会の子どもプログラムで戦争を伝える企画が持ち上がった。友人に戦争経験者の方を何名か紹介していただき、お話をお願いしたが、夏の暑さもあり、体調を崩される方も多く、結局、来ていただくことは叶わなかった。

 春に亡くなった私の祖父ですら、実際に戦地に行った経験はない。いつのまにか、戦争経験者にお話を聞くのはこんなにも困難になっていたのかと痛感した。

 しかしながら、一日研修会では、多くの戦争経験者の方に直接お話を聞く機会が与えられ、分科会でも、お一人お一人が、ご自身やご家族のことを話して下さった。これらを通じて、この大きな戦争に対して、個人的なつながりのない日本人は一人もいないこと。つまり、世代が違っても、一人として他人事にはできないことに気付かされた。

 以前は戦争責任と言われても釈然とせず、私の内には怒りすらあった。私が誰かを殺したわけではないのに、なぜ、責任を負わなければならないのかと感じていた。けれども母方の祖父の父が軍人だった話や、母方の祖母の兄たちが戦争に行った話を聞いており、私は間違いなくその子孫だ。

 一方で、戦後生まれの私でも、確かにこの問題に取り組む権利があるということに、勇気も与えられる。平和ボケと言われる世代でも、戦争がないことに感謝し、それを続けることの大切さを噛み締めることはできる。

 下山田誠子さんは、満州から命からがらに帰国されたが、その後、中国文学と中国語を学ばれたとお聞きし、大変感銘を受けた。

 呆れるほど歴史や政治の知識に乏しい自分だが、隣国との関係を考える時、メディアや誰かの意見に揺り動かされるのではなく、できれば心の通う友人を持ち、同じ人間として向き合うものでありたい。

(浜松バプテスト・キリスト教会員)