小豆島 林 貞子
「二十四の瞳」の島の分教場波音に和す歌声思う 桟橋を日の丸に送られ出征の若きら多くは白木の箱に 出征し盲目となりて帰還せし磯吉写真を正しくなぞる 空腹に耐えかね愛児は青柿を食みて死にたり戦終わるも 家族旅行で、小豆島へ
続きを読む昨年11月24日「京阪神共助会修養会」後、お宅をお訪ねすることが出来ました。今回は、原田先生の大学の後輩、片柳榮一さんが付き添ってくれました。昨年は「修養会」をお休みしたので2年ぶりの訪問でした。 昨年の『共助』第7
続きを読む「空が、赤く、焼けて 原爆で死にゆく子たちとの八日間」 火垂るの墓 芋盗み蛙食みつつ餓死をせし戦争孤児に人振り向かず 少年の遺体足蹴(あしげ)にされし時ドロップの缶転がり落ちぬ 転がりしドロップの缶に入りたる妹の骨カタ
続きを読む0.『共助』を読む皆様へ 奨励という初めての経験に戸惑った私は、早天礼拝では、その時私の内面から出てくる言葉をありのままに語ろうと思いました。ここに掲載していただく文章は、礼拝後に改めて書き下ろしたものであり、一部は当日
続きを読む早天礼拝 1 昨年3月の韓日修練会で、私は生まれて初めて海外へ足を運びました。戦争時代に日本人が韓国の人々に悪いことをした。小学校の先生に教えられてはいたものの、韓国の地に入るまで痛みを肌で感じることがありませんでした
続きを読む2月に共助会に入会をさせていただいた大栁由紀子です。昨年の夏の修養会で証をする機会を得て、その原稿を24年6号の『共助』に載せていただきましたが、今回あらためてまた分かち合うチャンスをいただきました。 私は東京下町の出身
続きを読む私の91年の人生を顧みて、この聖句が真実であることを認めざるを得ない。私は20歳で受洗し、とにかく先輩諸先生方に導かれて、細々とした信仰生活を何とか保持して来たことに対し限りない感謝を憶える。 そのような豊かな恵みを受け
続きを読むしんしんと雪が降っている。とはいえ、まだ11月初日だ。IKEAで買った安物の薄い毛布にくるまりながら、ゆらゆらと湯気がたっているコーヒーをすする。そうしてパソコン をカタカタと打ちながら、ゆったりと流れていく朝のこの時間
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