火垂るの墓 林 貞子
「空が、赤く、焼けて 原爆で死にゆく子たちとの八日間」 火垂るの墓 芋盗み蛙食みつつ餓死をせし戦争孤児に人振り向かず 少年の遺体足蹴(あしげ)にされし時ドロップの缶転がり落ちぬ 転がりしドロップの缶に入りたる妹の骨カタ
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続きを読む0.『共助』を読む皆様へ 奨励という初めての経験に戸惑った私は、早天礼拝では、その時私の内面から出てくる言葉をありのままに語ろうと思いました。ここに掲載していただく文章は、礼拝後に改めて書き下ろしたものであり、一部は当日
続きを読む早天礼拝 1 昨年3月の韓日修練会で、私は生まれて初めて海外へ足を運びました。戦争時代に日本人が韓国の人々に悪いことをした。小学校の先生に教えられてはいたものの、韓国の地に入るまで痛みを肌で感じることがありませんでした
続きを読む2月に共助会に入会をさせていただいた大栁由紀子です。昨年の夏の修養会で証をする機会を得て、その原稿を24年6号の『共助』に載せていただきましたが、今回あらためてまた分かち合うチャンスをいただきました。 私は東京下町の出身
続きを読む私の91年の人生を顧みて、この聖句が真実であることを認めざるを得ない。私は20歳で受洗し、とにかく先輩諸先生方に導かれて、細々とした信仰生活を何とか保持して来たことに対し限りない感謝を憶える。 そのような豊かな恵みを受け
続きを読むしんしんと雪が降っている。とはいえ、まだ11月初日だ。IKEAで買った安物の薄い毛布にくるまりながら、ゆらゆらと湯気がたっているコーヒーをすする。そうしてパソコン をカタカタと打ちながら、ゆったりと流れていく朝のこの時間
続きを読む東京はいつもなんだか埃っぽい。それに加えて最近の夏は暑くて外に出られたものじゃない。一日家でぐうたらしていたいところだがそういうわけにもいかないのが現実である。 私の生活は規則正しい。まず、毎朝5時に起き、コーヒーを一杯
続きを読む今年の共助会夏期信仰修養会3日目の閉会礼拝にて、飯島信さん、木村(加藤)葉子さんの推薦のもと、共助会に入会しました。今年3月に宮城県の立高校の英語教員の職を辞し、その後は教会で奉仕したり、植物を育てたりする時間を持つこと
続きを読む今年度、本校は37年目を迎えています。生徒数は34名と少ないですが、朝夕の礼拝では講堂いっぱいに讃美歌を歌う声が響きわたっています。 最近私が強く感じることは、生徒たちの言葉の深さです。特に夕会で語られるその人にしか語り
続きを読む〔原田博充牧師(86歳)・美智子さんをお訪ねして〕 昨年11月22日の午後、念願だった原田先生宅をお訪ねできました。2時間ほど楽しい時を過ごせました。 原田先生は、2014年3月、牧会されていた京都みぎわキリス教会を退か
続きを読む23年京都共助会修養会の折り、「近況報告を」ということで、拙い文を書くことになりましたが、悪しからずご了承くださいますようにお願い致します。 ● 安全教育の仕事とJAL機事故に思うこと 11年程前に電気設備管理の仕事に出
続きを読む私はここ数年、毎週月曜日に朝の祈りの会の時を持ち、仲間と共にエレミヤ書を平均10節ずつ読んできました。 なぜエレミヤ書かというと、その前に湯田さん主催でイザヤ書の祈りの会があったので、「イザヤの次はエレミヤでしょ」と単純
続きを読む私は裵貞烈(べーチョンヨル)先生と、2019年ソウルの香隣(ヒャンリン)教会で行われた「第7回韓日共助会修練会」で初めてお会いしました。この度、「2023年夏期信仰修養会」に韓国から出席された裵 貞烈先生を囲んで交わりの
続きを読む今年、2023年の3月29日(水)12時、韓南(ハンナム)大学内の教会堂で飯島 信委員長、李相勁牧師、石川光顕さん、そして日本語のできる私の職場の同僚たちが温かく見守る中、共助会への入会を許されました。わざわざ日本からい
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