2025年度京阪神共助会修養会報告 下村 喜八
今、日本も世界も大きな試練の時にあることは、誰もが抱いている共通認識であろう。趣意書にもあるように、世界は、先の見えない暗がりのなかに迷い込み、その中で暴力と欺瞞が渦巻いている感である。この暗がりのなかで絶望するのでは
続きを読む今、日本も世界も大きな試練の時にあることは、誰もが抱いている共通認識であろう。趣意書にもあるように、世界は、先の見えない暗がりのなかに迷い込み、その中で暴力と欺瞞が渦巻いている感である。この暗がりのなかで絶望するのでは
続きを読む二日目のシンポジウムで山本先生は、戦後築いてきたものがことごとく反転してゆく ― 「底なしの反転」という言葉で現代を特徴づけられた。私は物心つく頃にはバックラッシュ(反動)が本格化していた世代に属するが、それでも数年はと
続きを読む2015年、戦争を経験した祖父から届いた手紙には「枕もとに軍靴の音が聞こえる」と書いてあった。その年、多くの憲法学者が違憲と判断した安全保障関連法案は、全国から抗議の声があがるなかで強行採決された。当時、わたしはまだ選
続きを読む・1月27日(火)14:00~16:00 ・松本中央図書館にて 出席者9名 ・当番 谷口さん 先年の読書『キリスト者の自由』マルティン・ルター著の感想を皆で語り合った。 中世欧州を支配していたカトリックの信仰に対して
続きを読む昨年11月24日「京阪神共助会修養会」後、お宅をお訪ねすることが出来ました。今回は、原田先生の大学の後輩、片柳榮一さんが付き添ってくれました。昨年は「修養会」をお休みしたので2年ぶりの訪問でした。 昨年の『共助』第7
続きを読むマタイ24:36-44 今年の京阪神共助会信仰修養会の主題は「だから目を覚ましていなさい ―― 戦後八十年を省みつつ」としました。日本、世界の不気味ともいえる混迷が深まる中、戦後八十年という節目の年を迎えて、私たち
続きを読むマタイ24:36-44 1 戦後八十年への省みの中で、どう生きるかを考える 私達は今年戦後八十年を迎えています。戦後八十年を考えるということは、1931年の満州事変に始まり1945年に敗戦で終結したいわゆる15年戦争
続きを読むO Mensch, bewein dein Sünde groß 2025年、私たちは戦後八十年という節目の年を迎えました。この八十年間、日本社会は目覚ましい復興と発展を遂げ、平和と繁栄を享受してきました。しかし、この
続きを読む現在、日本、そして世界で排外主義のうねりが大きくなっています。このような状況において、他者の排斥に対して危機感を抱いていることは言うまでも無く、「他者とともに生きる喜び」がほとんど語られず、他者と向き合うことの負担や義
続きを読む「戦後八十年を省みる」というあまりにも巨大な課題に対して、限られた時間のなかで何をどう語ればよいのか、正直なところ途方に暮れています。その困惑の内にある者が、しかしその主題に関してなお何かを語らねばならないとするならば、
続きを読むマタイ24、25章は、イエスが捕縛と尋問、そして十字架上の死が迫り来るのをひしひしと感じつつ、その後に起こる終末・審判について、弟子たちに語り聞かせた言葉の記録である。京阪神共助会の2025年度信仰修養会は「だから目を覚
続きを読む昭和16年(1941年)3月に、生まれ故郷の京都から父の都合で鎌倉に引っ越しました。小学校一年の時です。3月の海岸は人も少なく磯の匂いで一杯でした。4月から鎌倉教会の日曜学校に通い始めました。バス停「材木座」から一人でバ
続きを読む1945年8月5日の夜。 当時7歳(小学校1年生)の私は、前橋市に住んでいて「前橋の空襲」を体験した。夕方から警戒警報のサイレンは鳴り止まず、探照灯(たんしょうとう サーチライト)が何本も空を照らし、不安な思いで一杯だっ
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