キリストの形 成るまで 飯島 信
2026年度基督教共助会総会 開会礼拝
「わたしの幼な子たちよ。あなたがたの内にキリストの形ができるまでは、わたしは、またもや、あなたがたのために産みの苦しみをする。できることなら、わたしは今あなたがたの所にいて、語調を変えて話してみたい。わたしは、あなたがたのことで、途方に暮れている。」(ガラテヤ人への手紙4章19―20節口語訳)
原発被災地での生活を始めてから4年が終わり、5年目を迎えました。これまでの4年の間、私が第一の課題として来たのは、言うまでもなく、閉ざされていた浪江伝道所の教会の扉を開け、礼拝を再開することであり、小高伝道所では、一人の教会員とともに礼拝を続けることでした。
5年目を迎えたこの春、浪江伝道所の教会員はゼロから4人となり、小高伝道所の教会員は1人から5人となりました。エクレシアとしての教会が、再び甦り始めたように思います。
振り返れば、浪江でも小高でも、思いもよらなかった神様から与えられた恵みの日々でした。そして、その恵みの集大成とも言うべきことが起きたのが、今年の3・11から15年を経た3日間でした。ICU教会牧師の北中晶子先生の呼びかけに応じた18名の学生たちが、二つの伝道所のためのワークキャンプを行ったのです。
彼らの働きは、目を見張るものでした。
1日目、浪江駅に降り立った彼らは、そのまま歩いて浪江伝道所にやって来ました。そして、短い開会礼拝の後、幾つものグループに分かれ、掃除や片づけ作業に入りました。震災よりすでに4年も前の2007年を最後に、牧師も信徒も去って閉じられた教会です。19年の歳月を経て初めて、会堂全部の窓ガラス、そして礼拝堂や集会室の長椅子や床の隅々にまで雑巾がけが行われたのです。水道の水はまだ冷たい中、彼らは黙々と作業を続けました。
驚くことがありました。
同じ敷地内に牧師館があります。会堂も牧師館も未だ半壊の査定が出ていますが、中でも牧師館の傷みはひどく、特に3・11以降、時が止まっている台所がありました。食器棚は倒れてテーブルに覆いかぶさり、床にはガラスが散乱して足の踏み場もなく、ただ解体を待つだけの部屋でした。私は、担当の学生たちには、ガラスの大きな破片だけで良いから拾ってくれるように頼み、他のグループの見回りをしていました。時間が経ち、再び様子を見に台所に行きました。そこで目にしたのは、床のガラスはおろか、食器棚もテーブルも、散乱していたガラスも、全て外に運び出され、台所はかつてあった姿を取り戻していたのです。
その晩、「いこいの村 浪江」に宿泊した学生たちは、2日目、浪江駅から電車で二つ先の小高駅で降り、午後、小高伝道所の掃除と片付けを始めます。小高伝道所は、3・11以来、15年ぶりの大掃除でした。
やはり、驚くことがありました。一つのグループの作業でしたが、これまで手をつけることの出来なかった山積みの書類が内容別に見事に仕分けられ、写真などを含めて3・11以前の小高伝道所の歴史が蘇ったのです。
浪江でも、小高でも、私一人では決して出来なかった働きが、浪江では19年、小高では15年の時を経て次々になされていく情景を目の前にした私は、この二つの伝道所の〝時〟への神の介入を覚えました。
先の経験、即ち4年前の赴任当初、誰一人として知る人のいなかった浪江において、また小高において、次々に見知らぬ助け手が現れ、草を刈り、看板を塗り、剥がれたオルガンの合板や壁に浮いた十字架を直して行く情景に、キリストが待っておられたことを覚えたのに続き、今回のことはまさしく、エクレシアの再生の〝時〟へと導く神の介入でした。
しかし今、浪江で、小高で、キリストと神の臨在を覚えさせられる一方、私には、厳しい神の呼びかけがなされているように思えてならないのです。それは、共助会に生きる私たちに対する神の呼びかけです。「今、この時、お前たちはどこにいて、何をしているのか」と。
確かに、私には、小高で、浪江で、取り組まなければならない大切な務めがあります。その務めは、これからますます時間と力を必要とする働きとなることは確かです。しかし同時に、私たちは共助会と言う群れに生きています。そして神様は、この群れに、この日本の地にて、果たすべき使命、担うべき役割を与えられています。その一つは、私たちの国が歩もうとしている道、進むべき方向に対する使命であり、役割です。
マルテイン・ニーメラーというドイツの神学者がいました。ナチス・ドイツに対する抵抗運動の最後の砦であったドイツ告白教会の指導者です。捕らえられ、ダッハウの強制収容所に入れられていましたが、1945年5月4日、別の場所に移送されて行く時、アメリカ軍によって救出されました。ドイツ降伏後、彼が語った次の言葉が、今私たちを問うているように思います。
ナチが共産主義者を捕まえにきたとき、わたしは沈黙していた。
わたしは共産主義者ではなかったからだ。
ナチが社会民主党員を逮捕したとき、わたしは沈黙していた。
わたしは社会民主党員ではなかったからだ。
ナチが労働組合員を捕まえにきたとき、わたしは沈黙していた。
わたしは労働組合員ではなかったからだ。
ナチがわたしを捕まえにきたとき、抗議してくれる者はもうだれもいなかった。
かつて私は、靖国神社の国営化に反対する運動の担い手の独りでした。共助会に入会した私は、戦前の神社参拝に抵抗した共助会の先達たちの戦いの跡を知ろうと戦前版『共助』の全てに目を通しました。しかし、中国の戦地で共助会の友を訪ねた記録はありましたが、神社参拝の問題を問う記述は1行たりとも見つけることは出来ませんでした。韓国では51名もの殉教者を生んだ神社参拝です。しかし、『共助』を見る限り、先達たちの中に、一人としてこの問題に疑問を持ち、抗う者を見出すことは出来なかったのです。
当時、全てのキリスト者が、神社参拝に屈服したわけではありません。例えば、聖公会の司祭であった貫 民之助は、聖公会機関誌「基督教週報」で次のように述べています。
「神社は今日国家の施設なれども古来よりの宗教的信仰を含めたるまゝ曖昧の中に取扱はれ居るものなれば、信教自由の憲法と撞着する場合は憲法によるべきは論を俟たず。故に宗教的信仰の故に神社に参拝をなさゞるは至当の事なりとす。従て神社に参拝せざる事が我が国体に反すと云ふが如き言は論をなさず」と、真っ向から神社参拝強制を批判します。【昭和7(1932)年10月28日、第65巻第8号:富坂キリスト教センター編『日韓キリスト教関係史資料Ⅱ』、新教出版社、1995、179�180頁】
また、柏木義円の「上毛教界月報」では、岐阜県大垣市某小学校児童3名が神社参拝拒否によって無期停学処分に処せられたことや、愛知県弥富町昭和生糸工場で働く女子労働者5名が、同じく神社参拝拒否によって解雇されたことに端を発する同僚600名のストライキなどを紹介し、神社参拝は偶像崇拝であると断じ、厳しく批判する論陣を張っています。【昭和8(1933)年10月20日、第420号:富坂キリスト教センター編『前掲書』、182〜184頁】
このような抵抗の戦いとは全く関わることのなかった共助会の歴史に思いを馳せながら、敗戦後間もなく、なぜ奥田先生が北白川教会牧師辞任を申し出られたのか、そこにはどのような葛藤が生まれていたのかを思うのです。そして今、私たちが生きているこの時代、戦前及び戦時下の先達たちが、第一の戒めから逸脱した神社参拝を問うことなく沈黙し続けた過ちを繰り返さないために、神様が共助会に与えられた課題に取り組みたいと思うのです。
課題は二つあると思います。その一つは、言うまでもなく、私にとっては小高と浪江における宣教の業、即ちそれぞれが遣わされている足元での信実な取り組みです。
その二つです。それは、個人では成し得ない共同の業への招きです。共助会は、世に対し、福音を宣べ伝える、キリストの平和の福音を語る使命を負っています。もし、国の責任を担う者たちが平和の福音から外れる道を歩もうとするなら、その道を是正する見張りの役目を果たさなければならないと思うのです。
では、今の政権はどのような道を歩もうとしているのでしょうか。
現政権が目指している国の形は明らかです。
先週の4月21日(火)と23日(木)、高市内閣は平和と基本的人権を脅かす二つの政策を実行に移しました。前者は、敗戦後80年の間、平和主義に基づいて抑制してきた武器輸出政策を転換し、殺傷能力のある武器輸出を全面的に解禁したこと、後者は、政府のインテリジェンス(情報の収集・分析)機能の強化のためと称し、プライバシー侵害の問題や組織の中立性への疑念に答えることなく、日本版CIAである国家情報局を設置したことです。政権はさらに、この先スパイ防止法の成立を目指そうとしています。
私たちの進む道を思います。
徒に感情に走ることなく、冷徹なまでの現状分析を踏まえながら、平和を逸脱する国の在り方に否を言う、国の見張り役としての使命を担う群れでありたいと思うのです。なぜなら、そのことによってこそ、第一の戒めに次ぐ第二の戒めである、隣人を愛し、この国を愛し、この国を救う道であると思うからです。
冒頭にお読みした聖書個所は、使徒パウロがガラテヤの教会の信徒たちに出した、キリストがあなたがたの裡に形づくられるまで、もう一度生みの苦しみに耐えなければならないことを訴える手紙です。
「キリストがあなたがたの裡に形づくられるまで」、即ち「キリストの形 成るまで」について、深い示唆を与える言葉があります。それは、「人が自分自身から何かを造り出すことを全く断念した時……その時にこそ人は、自らを全く神のみ腕の中にゆだねるのであるし、またその時にこそ、もはや自分の苦難を意に介さず、この世における神の苦難を真剣に考え、ゲッセマネのキリストと共に目をさましているのである。それこそ信仰であり『悔い改め』であると僕は思う。そのようにして彼は人間になり、キリスト者になるのだ」とのDietrich Bonhoefferの言葉です。【森平太著『服従と抵抗への道』、新教出版社、317頁】
心の裡に「キリストの形 成る」導きを祈り求める者でありたい、また、自分の苦難を意に介さず、この世における神の苦難を真剣に考え、ゲツセマネのキリストと共に目をさましている者でありたいと切に祈ります。祈りましょう。
(日本基督教団 小高伝道所・浪江伝道所牧師)
