〝何かが起きた。でも…〟K・Y
『ベルリン・天使の詩』という大好きな映画に、ホメロスという老詩人の回想シーンがある。「ここがポツダム広場であるはずがない」という印象的なセリフとともに、「無人地帯」となったポツダム広場を歩く詩人の目には市街戦によって破壊される前のベルリンが映る。
ひとが過去を思い出すときの表情が好きだ。目に見えるこの同じ世界に、そのひとには確かに見えているもうひとつの光景が重なっている。それを見ているであろう「眼」を、いつも見てしまう。目だけじゃなくて、歌において、言葉において、身体において。
歴史を学ぶ、あるいは歴史から学ぶとは何を意味するのだろう。「戦後○○年」という言葉が盛んに言われながらも私にとって実感を伴わないのは、たぶん私がその「○○年」のほとんどを生きていないからだろう。だから「○○年」は実際の時間の長さをまったく素通りして、出来事は私のすぐ目の前に現れているような気がする。そういう意味で「近さ」がある。
天使に憧れて留学したベルリンの地で学んでいたとき、1933年の「焚書」に触れながら、歴史学の先生は言った、「人々は最初に著書を燃やした。数年後に、今度は著者を燃やした……」
情報として、知識として、正確性と詳細さが求められるものとして「戦争」の語りを考えるなら、きっと私はほとんど何も知らないし、ことばは話した瞬間に消えてしまう。人間をつなぐ最大の媒介は、考えられる限りで最ももろい。だけど、それでも歴史は目の前の語り手の身体と一体で、きっとその瞬間、目の前の空間に再生していた。それを私も、共有された目で、見た「はず」なのだ。
「何かが起きた。でも私たちはそのことを考える方法も、よく似たできごとも、体験も持たない」、「何度もこんな気がしました。私は未来のことを書き記している……」(『チェルノブイリの祈り』)。
この原稿の依頼を頂いたまさにそのことによって、私は「戦争」という単語とともに1か月半ほど生きることになった。絶えざる反芻のプロセスのなかで、何度も往復しながら、断片として聞いた言葉や出来事がだんだんと抗いがたい力を帯びてきた。その途上を歩きながら……。
(国際基督教大学3年・日本福音ルーテル三鷹教会員)
