アジア学院の学生たち― 社会変革の先頭に立つキリスト者たち ―大栁 由紀子
アジア学院は、農村指導者を養成する専門学校です。では、農村指導者とは何でしょうか。また、どんな人たちがここで学んでいるのでしょうか。
この質問に対して、私はときおり説明に困ってしまうことがあります。日本人の持つ「指導者」のイメージが、やや地位の高い人たちを示すことが多いからです。「農村指導者」という言葉から、「アジア学院で学んでいるのは村長や政府職員なのか」というイメージを持つ方もいますし、国(学生の国や日本)から費用が出ていると思う方もいます。あるいは「地位の高い人だから自分で学費を払っているのだろう」と思われることもあります。しかし、実際にアジア学院で学ぶ人たちは、そうではありません。むしろNGOや農民組織で働く、草の根のワーカーが多くいます。つまり私たちの考える「リーダー」「農村指導者」とは、「農村において影響を及ぼすことのできる人」、あるいは「自分のためではなく、コミュニティの人々のために働いている人」のことを指しているのです。その中で、アジア学院において一定以上の割合を常に占めているのが、農村牧師、神父やシスター、宣教師、チャーチワーカー、教会関係団体の職員たちです。私がアジア学院に来ておどろいたことの一つがこの点でした。とくに牧師やシスターが当たり前のように、農村開発のために働く人々とみなされていることは衝撃でした。私の、そしておそらく多くの日本人が考える牧師の仕事は、教会での牧会、信徒のケアです。ウィキペディアにさえ、「牧師は礼拝・説教・牧会・宣教その他教会の事務的な管理運営などを職務とする」とあります。信徒訪問、祈祷会や聖書勉強会の指導、教会学校の開催、あるいは信徒や地域のために祈ることも含まれるでしょう。教会によっては、幼稚園や保育園を併設し、牧師が園長を務めることも少なくありません。しかし、牧師や教会組織が農業や養豚・養鶏の指導をしたり、孤児院を運営したり、農民を対象とする小規模融資(マイクロクレジット)を組織化してプロジェクトの指導をするなど、私たちには思いもつかないことです。そしてそれは、アジア学院においては、つまりは途上国農村においてはごく一般的なことなのです。今年度の学生、インドのムズィヌル・シジョ牧師(女性)はこう言っています。「私自身は牧師として教会で働く身ですので、土地や人を守ることが役割だと考えています。牧師は宗教活動をするのが一般的ですが、神の被造物である土地や人を守ることも大切だと考えています」あるいは2005年度学生のトゥミア・トガトロップ牧師(女性)は西日本研修中に大阪の釜ヶ崎でホームレス問題について学んだとき、思わず「教会はどこにあるの? 何をしているの?」と疑問を投げかけていました。彼女たちにとって、教会こそが社会問題に取り組む先頭に立つべき存在なのでしょう。
今までの学生の中から、母国での活動をいくつか紹介します。
マンブッド・サマイ牧師(2018年卒 シエラレオネ)
内戦のなか地雷などで片足を失った若者たちに生きる希望を与えるべく、下肢切断者スポーツ協会を通して障がい者向けサッカーを実施している。また学院卒業後はさらに農業分野に発展させ、「フットボールガーデン」と自らが呼ぶ、有機農業の研修センターを始めた。同様に近隣の子供たちを対象とした学校も、教会員とともに設立、運営している。
ノー・リー・ミャー(1998年卒 ミャンマー)
カヤー・フプ・バプテスト教会のキリスト教社会奉仕開発(元)部長。水と衛生、母子の健康、女性のエンパワーメント、マラリア予防などの分野で、地域社会や女性グループのための研修や意識向上プログラムを企画し、国際NGOと連携して働いた。(クーデター以降は活動を休止)
カリン・トシャン牧師(2007年 インド)
アジア学院の見学研修中に教わったダウジング(棒や振り子などのツールを用いて地下の水脈や鉱物を探査する古代から伝わる技術)を用いて、地域に80以上の井戸を掘り当てながら、対立する民族間を行き来し、和解のために奔走している。
マーティン・ギクンダ・キリギア(2020年 ケニア)
ケニアのメソジスト教会(MCK)には470人の職員がおり、特にケニア、ウガンダ、タンザニア、南スーダン、コンゴの農村部での開発活動のために活動している。MCKは、貧困、疾病、非識字を撲滅するために、地域社会に根ざした多くのプロジェクトを立ち上げ、それによって社会から疎外された人々がより良い生活を実現できるように努めている。マーティンは教会下にある農業研修センターで働いている。
バタック・プロテスタント・キリスト教会(HKBP)
インドネシア北スマトラ州を中心に、バタック族を主な対象としたプロテスタント教会。所属教会数3320、信徒413万人をほこる東南アジア最大のプロテスタント教会であるが、この教会中央部には、ディアコニア部門と呼ばれる奉仕のために働く部署がある。ディアコニア部には多くのセクションがあり、例えば教育、貧しい人々への奉仕、孤児院、障がい者への奉仕、災害への対応、農業や畜産業を基盤とした地域開発、小規模融資、地域や信徒の生産物のマーケティングなどを担当している。この奉仕部の目的は、教会がいかに多くの人々や信徒にとって祝福となり、地域社会がいかに豊かに生きることができるかということである。
アジア学院は、HKBP、とくにディアコニア部から多くの学生を受け入れてきた。2023年度までで、すでに19名の卒業生が北スマトラ各地で活動している。
彼ら彼女ら、卒業生の働きを聞くにつけ、あるいは現在学んでいる学生たちの働きを学ぶにつれ、翻って私たち日本のキリスト者はどうなのか、と考えることがあります。私たちは、私は教会に行くだけで満足しているのではないだろうか、あるいはアジア学院における働きのみにとどまっているのではないかという思いです。もちろん私自身は、アジア学院学生たちのために働くことで、卒業生を通して世界とつながり、社会的に忘れられ虐げられた人々とつながり、農村コミュニティとつながり、ひいては世界平和のために働いているという自負はあります。しかしながら、そこでとどまるのではなく、私たちがキリスト者として、アジア学院学生たちと同様に自らの社会の変革のために、先頭に立つべく力を尽くすべきではないでしょうか? かつて日本においても、例えば浜松の聖隷グループの始まりはわずか4人の教会青年の結核患者に対する奉仕の働きから始まりました。私たちもそれぞれの地にあって、国やコミュニティは違えど、よりよい社会のために微力を尽くしていきましょう。
(アジア学院副校長)
[コラム] アジア学院のカリキュラム
アジア学院の研修は、一言でいうならばリーダーとしての自己変革を促すものです。彼らには草の根の農村で、農村指導者となるために必要な成長、変革を求められています。そこに必要であろう知識や技術、経験はアジア学院が提供しますが、その一つ一つを消化し、自分の物とし、いってみれば「作り変えられていく」行程が、このアジア学院の研修といえるかもしれません。
アジア学院のカリキュラムには、3つの柱があります。
(1)サーバント・リーダーシップ
人の上に立つ者こそ、人に仕えるべきであるという考え方に基づくリーダーシップ。「真に効果的なリーダーとは、奉仕する人であり、人々のレベルで働き、人々が最高の可能性に到達するための手本となり、インスピレーションとなるような生き方をする人である」と私たちは考えています。その手本となるのが、弟子の足を洗ったイエス・キリストの姿なのです。(ヨハネによる福音書13:1―16)。
リーダーシップの知識や技術のほか、様々な場所・機会を用いての実践を含みます。
(2)フードライフ
フードライフ(Foodlife)とは、アジア学院で使われている特別な言葉で、食と生命は切り離すことができず、どちらも互いに依存し合っていることを表しています。アジア学院は、土(それを耕す農民や農村コミュニティを含む)を大切にする場所であり、自らの手で食物を生産することに尊厳と満足を見出す場所なのです。
私たちはフードライフ活動から、持続可能な有機農業・畜産の知識、技術、実習授業、実践などに加え、食べものの大切さ、食料自給、食料主権、労働の尊厳、自然への畏敬など、多くの大切なことを学びます。
(3)学びのコミュニティ
アジア学院は、私たちが互いに学び合うことのできる場所です。私たちは異なる文化、民族、信仰を持つ者として集まり、互いの違いや困難を通して共に生き、成長することを選びます。共に生活する中で、私たちは効果的なサーバント・リーダーになるという目標に向かって努力します。
共同体生活そのものからの学びが多くここに含まれます。
これらの3つの柱は、いくつもの場面で絡み合っています。例えば朝夕の農作業の時間をとっても、それは互いから学びあう「学びのコミュニティ」の実践でもあり、なにより学生にとっては「サーバント・リーダーシップ」を実践すべき最適の場所でもあります。学院では「あなたがコミュニティに足を踏み入れたその瞬間から、すべての時、すべての場所が学びの機会となる」とよく言われています。学生にとって学びの場所は教室だけではなく、それはむしろごく一部に過ぎないのです。
さらに、学生たちは学外での学びの機会を得ます。有機農業運動とリーダーシップを学ぶ場である埼玉県小川町、山形県置賜地区・庄内地区。環境問題と公害について学ぶ場である足尾銅山(栃木県)と水みなまた俣(熊本県)。大阪では都市化や開発のもたらす負の影響として、ホームレス問題、差別問題(沖縄、在日コリアン)について学びます。広島では平和について考え、祈りの時を持ちます。学外研修は10都府県26日間、総移動距離は5000㎞に上ります。