旧約用語の基礎知識(2)「偶像」 小友 聡
1.呪術的な守り神
「偶像」は英語表記ではidol(アイドル)です。たとえばアイドル歌手など、熱狂的な憧れの対象を意味します。けれども、旧約聖書では否定的な意味でしか用いられません。「偶像」は、木、石、金属でできた神々の像を指します。古代世界では、このような偶像に神が宿ると信じられ、それ自体が神として崇められました。
旧約聖書にもそれが現れます。たとえば、創世記のヤコブ物語の中で、ヤコブがおじラバンの家から出て行く時、ヤコブの妻ラケルが「テラフィム」をらくだの鞍に隠し、それをラバンが必死になって探したエピソードが記されます(31章)。その「テラフィム」は人形のような形の守り神であって、呪術的な力を持ち、アラム人の祭儀で用いられた偶像でした。また、このエピソードの直後には、ヤコブがラバンとの契約のしるしとして「石の柱(マッツェバ)」を立てたと記されています(45節)。これは自然石の柱で、やはり神像・偶像でした。創世記にこのような古代的な神像がしばしば現れます。
しかし、旧約聖書ではこのような偶像を異教的なものとして退けます。イスラエルの神ヤハウェはそもそも木や石、金や銀など、人の手によって造られる存在ではないからです。偶像とは、ヤハウェの絶対的な支配領域を矮小化し、その像の内部に閉じ込めることであって、それはイスラエルの信仰においては受け入れがたいことでした。
2.十戒の第2戒
偶像を拒否することがはっきりと表れるのは十戒です。その第2戒は、「あなたは自分のために彫像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水にあるものの、いかなる形も造ってはならない。それにひれ伏し、それに仕えてはならない。私は主、あなたの神、妬む神である。」(20:4]5)と記されます。
偶像を造り、拝むことが禁じられる最も重要な箇所です。ここでの「彫像」(ペセル)は、木、あるいは石や金属で造られた神像を指します。この彫像禁止は、このあと、モーセが十戒の板を持ってシナイ山を下るときに、麓で待機していた人々は待ちきれなくなり、アロンが「金の子牛」(マッセーカー)を鋳造し、それを皆が拝んだという忌まわしい出来事に繋がります(32章4節)。人々は契約締結直後にもかかわらず、十戒を破り、偶像礼拝を始めました。金の子牛は自然的豊穣の象徴であって、この背景には、カナン的なバアル宗教があったと考えられます。バアル宗教は偶像と切り離すことができません(列王下10:27)。そのような異教的な偶像崇拝があちこちにある中で、十戒の戒めは決定的意味を有します。
この第2戒において、なぜ偶像崇拝が徹底して禁じられるかが説明できます。「妬む神」とは契約関係を前提しています。そもそも十戒は、イスラエルがエジプトから神によって救い出された「救済の告知」から始まります。イスラエルは神と契約を結び「神の民」となりました。このシナイ契約(出19]24章)は特徴的に結婚の比喩で表現されます(たとえば、ホセア書2章)。イスラエルは神との契約(婚姻関係)のゆえに「神の民」なのです。イスラエル(妻)が他の神・神々を崇拝するならば、ヤハウェ(夫)が「妬む神」になるのは必定です。偶像崇拝が「姦淫」と見なされ(エレミヤ9:1)、禁じられるゆえんです。
3.偶像礼拝の歴史と預言者の批判
イスラエルの歴史において、最も忌まわしい偶像礼拝として象徴的なのは北王国の初代ヤロブアム王の宗教政策でした。ヤロブアムは、ベテルとダンの神殿に金の子牛の像を置いて、それを民に礼拝させたことが厳しく断罪されます(列王上12:28]29)。それは「ヤロブアムの罪」として北王国の異教性を決定づける、負の定型句となりました。北王国の「金の子牛」は、おそらく、その上にヤハウェが見えざる姿で臨在する台座にすぎなかったでしょうが、現象的には、まるで偶像として「金の子牛」を拝んでいるかに見えたに違いありません。しかし、南王国も偶像礼拝とは無縁ではありません。イザヤによれば、「地は偶像で満たされ」、人々はそれに「ひれ伏し」ました(イザヤ2:8)。偶像が一掃されたのは、南王国のヨシヤ王の改革です(列王下23章)。ヨシヤ王はあらゆる偶像礼拝を禁止し、エルサレム神殿での礼拝だけを正当としました。この宗教改革は挫折するのですが、捕囚を契機として、偶像禁止は申命記主義者、また預言者たちに継承されます。特に預言者は偶像を痛烈に批判しました(特にエレミヤ、エゼキエル)。
捕囚の時代に偶像の空しさを徹底的に明らかにしたのは第二イザヤです(イザヤ40]55章)。「偶像を形づくる者は皆空しく、彼らが慕うものは役に立たない」(44:9)。捕囚の地で異教の神々に頼り、偶像にひれ伏すことがいかに空しいかが告げられ、ヤハウェのみが神であることを第二イザヤは強調します。捕囚後において、偶像礼拝は徹底して排除されるようになりました。それはとりわけダニエル書に見られます。ダニエルと仲間たちは王の像を拝むことを拒否し、それは命がけの決断として告白されます。「私たちはあなたの神々に仕えることも、あなたが立てた金の像を拝むこともいたしません」(3:18)。この信仰告白の背景には、紀元前2世紀、セレウコスの王がエルサレム神殿に「荒廃をもたらす憎むべきもの」(おそらく、ゼウスの神像)を置いて、それを人々に拝ませた(ダニエル11:31)未曽有のユダヤ人迫害の時代があります。偶像は、私たちを目に見える力や富に引き寄せ、それにひれ伏すことを求めます。それはいつの世でも変わりません。
(日本基督教団 妙高高原教会代務者)
