鎌ヶ谷の地に遣わされて 七條 真明
2024年3月をもって17年間仕えました日本基督教団 高井戸教会を離れ、四月に日本基督教団 鎌ヶ谷教会の牧師として着任しました。
教会の所在地は、千葉県鎌ケ谷市です。昨年、鎌ケ谷教会からの招聘をいただき、鎌ケ谷教会に赴くことになったといろいろな方に伝えますと、かなりの数の方から、「ああ、日ハムの球場のある鎌ヶ谷ですね」と言われました。鎌ヶ谷市内に、北海道日本ハムファイターズの二軍の専用球場である鎌ヶ谷スタジアムがあることは、野球好きの方なら常識に属することなのでしょうか。私は、まったく知りませんでした。
多くの方々から、「鎌ヶ谷には、もう慣れましたか?」と尋ねられます。鎌ヶ谷教会が立つ「鎌ヶ谷」という場所につい、正確に紹介する文章をここに記すことも出来ない状態ですので、「もう慣れました」とはとても言えず、今のところ、「いや、まだまだこれからです」と答えるしかないというのが正直なところです。
日本基督教団 鎌ヶ谷教会の教会堂は、新京成線の鎌ヶ谷大仏駅から徒歩10分ほどの住宅地の一角に建っています。教会堂のすぐ目の前には、小さな道路を挟んで、かなり大きな調整池が広がります。生物が生息するのに適している訳ではないようですが、それでも、鳥たちが水面を泳いだりしている姿を日常的に見かけます(水の中には亀や魚もいるようですが、残念ながら私はまだその姿に出会ったことはありません)。夕方には、調整池の水面に夕焼けが映し出される光景を目にしたり、教会堂から外に出た際に、調整池の方から不意に吹いてくる優しい風に気持ちが和んだりします。人工的な池でも、それが近くにあるということが日々の歩みに潤いを与えてくれるものだと思わされています。
鎌ヶ谷教会において、この調整池のことが、「ガリラヤ湖」と呼ばれてきたことを知ります。そのことを心のうちに覚えつつ、教会堂がそのほとりに立っているこの「ガリラヤ湖」を見ていると、4人の漁師に主イエスが呼びかけられた「わたしについて来なさい」との御声が聞こえてくるような思いになります。日本基督教団鎌ヶ谷教会は、日本YWCAの総幹事を務められた今井萬里牧師が、日本基督教団船橋教会の協力・支援のもと、鎌ケ谷において開拓伝道に取り組み、生まれた教会です。伝道所として開設されたのが1972年のことですので、それから52年目の歩みが今なされているということになります。
鎌ヶ谷の地で開拓伝道に取り組まれ、鎌ヶ谷教会の初代牧師として、隠退なさるまでの20年余にわたって真摯に仕えられた今井牧師の感化は、今もなお鎌ヶ谷教会に深く残っていると感じます。現在の鎌ヶ谷教会の教会員の中には、今井牧師の時代を知っている教会員が今でも何人もおられます。今井牧師がどのような方であったかをお尋ねすると、「厳しかった」という言葉を口になさる方が少なくありませんが、すぐ続けて、まさに異口同音に「でも、優しかった」と言われます。
驚くべきは、今井牧師が、鎌ヶ谷教会を建てていかれるその中で、鎌ヶ谷教会の隣りの市となる白井市において、さらなる開拓伝道に、教会員の方たちと共に取り組もうとされたことです。残念ながら今井牧師がおられる間に白井市において新たな伝道所が生み出されるには至りませんでしたが、時を経て、鎌ヶ谷教会の三代目の牧師となられた内田汎牧師の時代に、千葉支区内の22の教会が親教会群を形成し、白井市の隣りの印西市において開拓伝道に取り組み、千葉北総伝道所(現在は千葉北総教会)が生み出されるという形で一つの結実を見ました。
私が着任した4月に、数名の教会員の方々と一緒に、90 代の教会員の方をお訪ねしました。今井萬里牧師と多くの時間を共に過ごし、鎌ヶ谷で開拓伝道がなされた時のことをよく知る90代の方です。今井牧師の思い出や語られた言葉をいくつも聞くことができましたが、私が深く心に留めたのは、次のような今井牧師の言葉でした。「祈って、祈って、御心がなる。それが一番ね」。鎌ヶ谷の地で開拓伝道がなされ、やがて伝道所の開設に至り、それが教会となった。そのすべてのことを言い表している今井牧師の言葉であろう
かと、私は想像しています。
そして、白井市でのさらなる開拓伝道を志し、今井牧師が鎌ヶ谷教会の教会員の方々と共に祈りに祈った、その祈りが受け継がれるようにして、鎌ヶ谷教会を含め、千葉支区の諸教会の祈りとしてさらに祈りが重ねられ、千葉北総教会も生まれたのであろうと思わされます。
伝道所として開設されてから52年目となる今、鎌ヶ谷教会の現状をどのように捉えるべきであろうかと思います。おそらく日本の諸教会に共通する教会員の高齢化や教会学校が振るわない現状をただ嘆いていても何も始まらないだろうと思わされます。コロナ禍を経て再開された鎌ヶ谷教会の教会学校の礼拝に出席する子どもは、現在のところゼロです。それでも、教会学校の教師として仕える数名の教会員が共に祈り、主日毎に教会学校の礼拝が捧げられています。その祈りに、主が応えてくださったということでしょう。今年の秋、ある土曜日に、礼拝堂を会場として行われた「教会学校秋のデイキャンプ」には、教会の近隣に住む子どもたちを含む7名の子どもたちが参加しました。その子どもたちが、その後、主日の教会学校の礼拝に集うようになった訳ではありませんが、毎週変わらずに大人だけの教会学校の礼拝が捧げられています。「祈って、祈って、御心がなる。それが一番ね」と言われた言葉に今井牧師が込めておられたであろう信仰に基づく思いが、今も受け継がれて、教会の中に生きていると感じ、鎌ヶ谷教会の牧師として歩み始めてまだ一年目の私も、大きな励ましを受けています。
私ごとになりますが、今年還暦を迎えました。教会の牧師としていつまでお仕えできるだろうかとの思いも、心の片隅に抱くようになりました。「祈って、祈って、それが一番」。開拓伝道で生まれた鎌ヶ谷教会に息づくスピリットを私も共に受け継ぐ者とさせていただき、遣わされた鎌ヶ谷の地で少しでも主のお役に立ちたいと願っています。(日本基督教団 鎌ヶ谷教会牧師)