新潟共助会に石川光顕さんをお迎えして 高橋雅子
さわやかな4月最後の土曜日の朝、新潟共助会のセッティングが開始。鈴木夫妻は、受付や会場設営、大西晴子さんがお茶のポットを2階礼拝堂前に、私はおやつの袋にお饅頭を入れていく。今日は25個用意。そして国分さんが古本(皆貴重なものばかり!)を会場後方に並べる。
石川光顕さんが山田新人さんの車で到着される。親しみ深い、温かな空気が流れる。
小淵康而先生の司会で開会礼拝の後、石川さんのお話「私と基督教共助会の出会い、そして今」。長年の高校教師としての歩み、共助誌編集長としてのお働き、そして3人の息子さん達の事。それらが両面印刷の6枚のA4紙に、所々黄色にマークされた部分も含め細かな字も、普通なら見るのが大変!と思うところだが、それが全く逆に、全ての文字がこちらを捉え、目と心に飛びこんでくる。こんな資料は見た事がなかった。石川さんがいつも心がけている事「今この時を真実に、誠実に歩みたい」それが行間から伝わってくる。
ランチタイム、美恵子さんの用意されるお弁当はいつも安くておいしい。三々五々、語らいの輪ができる。
私が「共助誌の石川さんのコメントがいつも心に残るが、今日のお話を聞いて理由が解りました」と言ったことに本間惠子さんが「私も同じことを思っていました!」と言って下さった。
ランチ前、阿部真希子さんの「ミャンマーいのちのお米プロジェクト」への募金を呼びかけさせて頂く。(後日6千円を送金。)これも『共助』での出会いによるもので、感謝。
午後からももう少しお話を伺った後、応答の時を持つ。後半鈴木さんがお話の中で、自分達も高齢となり、この会を引き継いで下さる方を求めますと言われる。本当にお二人のご負担は大変だと思いつつ、この会のためにいつも色々な方のことを心にかけてゆかれる。その熱量がお一人お一人に伝わり深い出会いが生まれる事、教派を超え、まさに「キリストの他自由独立、主にある友情」が息づいている事を思うと、世代交代はハードルが高いなあと思ってしまう。
途中、写真撮影。石川さんはご自分で機材をお持ちになりタイマーをセットして見事に集合写真を撮られ、後日鈴木さんより写真をお送りいただいたものを夫に見せて「この真中の方がタイマーで撮られたんだよ」と言ったら驚いていた。真ん中に落ち着いて座られ、そんな様子が全く現れていないので、「さすが……」と思う。
2時半、救世軍の佐藤静子さんによる閉会祈祷で終了。
残念ながら風邪で集まりに出席出来なかった渡邉えみ子さん(4月5日イースターの日、多くの方々の祈りの中受洗された)が準備された笹団子をお持ちになって石川さんは新潟を発って行かれた。
この会が始めから終わりまで豊かに祝福された会となった事を神様に感謝します。
(日本基督教団妙高高原教会員・新潟教会教友)
