福島共助会・報告

第1回福島・仙台共助会(第3回福島共助会)   報告者・菅山あつみ

去る2月13日(金)10時から、仙台・福島に在住の共助会につながる5人のメンバーで、初めての集まりを持った。出席者は、飯島 信、神戸信行、佐川真理子、近藤華子、菅山あつみ。会場は、仙台泉区にある日本キリスト教会仙台黒松教会。

 最初に、開会礼拝として神戸さんから信仰の歩みを中心としたメッセージをいただき、昼食をはさんで他4名が自己紹介・共助会との出会いを交えながら最近の教会生活について語り、最後に佐川さんの司会で祈祷をささげ閉会した。初めての集まりということもあり、話は尽きず、14時終了予定が30分延長となった。

 以下に参加者のお話の要点をまとめ、報告としたい。

 神戸さんは児童養護施設青葉学園(福島市)に勤めておられ、長年福祉の仕事に携わってきた中から気づいたこと、学んだことを話された。大学では経済を学んだが、人を育てる教育の大切さを深く感じ、高校の教員を経て、武蔵野聖書学舎で出会った青葉学園関係者に請われ同学園を手伝うことになった。大学の聖書研究会でキリスト教について深く学び、政治運動に関わっていた方との交流から政治と信仰について考える機会を得た。福祉の仕事を通して気づいたこととしては、現代の社会において貧困からくる犯罪の増加が深刻化しており、その背景には行き場のない老人の存在や、知的障がいがあるがそれを親が認めたくないために、適切な援助や教育を受けないまま大人になった人たちの存在があることをあげられた。また最近よく報じられる児童虐待についても、大元に戦争で心を病んだ父親による妻や子どもへの暴力があるケースが多いことを指摘され、改めて戦争の爪痕は長く残るものであると感じた。

 佐川真理子さんは、新潟大学教育学部で知り合った方を通し共助会につながり、現在福島の白河教会に通っておられる。大学卒業後は38年間小学校の教員として働かれ、主に農村の学校をまわった。白河教会の牧師が統一教会問題に苦しむ家族の相談にあたっていることも話され、その社会的な働きの重大さを思うと祈らずにはいられない。佐川さんはまた、長年教会に通われた方が亡くなって、キリスト教で葬儀を行い教会のお墓に入ろうとする場合、クリスチャンでない親族との間に起きる問題の複雑さについても語られた。

 近藤華子さんは現在福島市に住まわれ、若いころから教会に通い、またオルガン奏者として長年礼拝を支えてこられた。パイプオルガンも学んでこられ、キリストの贖罪について深く考えたのはJ・S・バッハの受難曲を通してであった。東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故のあとは、放射能を避け家族で仙台泉区に避難した時期があった。当時お子さんも小さく、日本基督教団主催による台湾で行われた福島の親子保養キャンプに参加したりした。お連れ合いが行っている有機農業のお話も伺った。

 菅山は、祖父と両親が通っていた教団の長野教会で信仰を育てられ、大学生のときから通った中渋谷教会に共助会員が多くおられたため、共助会の働きについて学ぶことができた。結婚後は日本キリスト教会仙台黒松教会に通い、パイプオルガンで奏楽を担当している。東日本大震災がおきたときは、海に近い多賀城の高等学校に在職していて、近くを通る国道45号線を津波が襲い、犠牲となったたくさんの車を目にしながら職場に通った。今年は震災後15年の記念の年にあたる。仙台では復興について語られることは多いが、原発事故のその後、とくに放射能汚染の現在について報道されることがないのは問題だと思っている。

 飯島 信さんは、原発事故で多くの人が避難を強いられた地域に立つ小高伝道所・浪江伝道所の牧師であるが、そこに赴任するまでの経緯と伝道所の働きについて語った。赴任当時小高伝道所に附設されていた幼稚園は、福島第一発電所事故の後、園児が持ち物をそのままに避難した状態で残されていた。住民の帰宅が可能になった後一度は取り壊しが決まったが、保存を熱望する同窓生の思いが実り、現在小高町歴史郷土資料室となっている。小高伝道所にはこの春に4名が転入し、教会員が5名になる予定であると聞き、喜ばしい限りである。浪江伝道所にも受洗者が与えられ、牧師館の再建計画や、「浪江黙想の家」構想があるという。

 ロシアのウクライナ侵攻が始まって早や4年を過ぎ、2月末には米国とイスラエルにより、イランへの大義と戦略を欠いた先制攻撃が行われた。世界情勢を考えると暗い思いにとらわれるが、今回参加者のお話を原稿にまとめながら心温まる時間を思い出していると、(ちょっと飛躍になるかもしれないが)「自分の身の回りに出会った人、起こったことの中で、最善をつくすことではないかと思っています」という中村哲さん(干ばつの深刻化したアフガンで用水路建設に携わった医師)の言葉が浮かんできた。今後もこのような身近な地域に住む方たちとの語らいを通し、同じキリストを主と仰ぐものとして、生き方を問うことができたらと思っている。  (日本キリスト教会 仙台黒松教会員)