寄稿

教会生活について【ベルギー便り4】          林 香苗

 普段は、徒歩圏内にあるVerenigde Protestantse Kerk in België(ベルギープロテスタント教会連合)に属している教会の礼拝に出席しています。この連合はベルギー全土の30教会から成り立っています。ベルギーは伝統的にカトリック国で、プロテスタント信者は全人口の約1%だそうです。

 礼拝は毎週日曜日に朝10時から約1時間行われ、20人弱が集います。礼拝形式は日本基督教団の形式と大きな違いはありませんが、讃美歌を歌う場面が多く、一回の礼拝で7曲を歌います。聖餐は第一日曜日に原則行われ、未受洗者も聖餐に招かれています。

 礼拝後には毎週必ずコーヒータイムがあります。礼拝を第一部とするならば第二部と呼べるほど重視されています。ともすると第二部の時間が第一部を超えることについて、牧師は笑いながら、”Sacrament of the coffee”と話していました。役員の一人は礼拝の中で「コーヒータイムではみな対等な立場でおしゃべりをします。それはとても大切な時間です」と語りました。教会のホームページには、「教会に来た誰もが、良い会話や微笑みなしに帰宅することがないように望んでいます」と書いてあります。このようにコーヒータイムは礼拝のおまけに留まらず、重要な時間として捉えられています。

 コーヒータイムでは何も特別なことはしません。会話のテーマがあるわけではなく、司会者がいるわけでもありません。後奏の最中に皆がぞろぞろと移動して、礼拝堂の後方に置かれているテーブルを囲み、席に着きます。思い思いにコーヒーを飲み、お菓子をつまんで、近くに座っている人と会話をするだけです。各々滞在する時間は異なりますが、30分ほど過ごす人が多いです。コーヒーを飲まない人は、紅茶を飲んだり、自身で飲み物を持ってきます。用意されているお菓子はクッキーやチョコレートなので、健康志向の人はよりヘルシーなお菓子を持参します。片付けは最後までお喋りしている人が行うので、そのときによって異なります。カップとソーサーとコーヒーポットを洗い、余ったお菓子は、固いビスケットと柔らかいクッキーが混ざらないように別々の缶に入れて保存します。湿気たり、固くなったりしないようにするためです。お菓子大国ならではのこだわりを感じます。

 コーヒータイムの強調は、馴染みがある日本の教会のあり方とは異なるので、少し驚きました。日本では、教会という場が友達付き合いとは違うことが強調され、教会は「仲良しクラブ」ではないのだと繰り返し聞いてきました。他方、現在出席しているベルギーの教会は、そのようになることを忌避しようとせず、恐れてもいないように感じます。かといって、閉鎖的であるわけではなく、初めて来た人に対しても日本の教会のように親切です。

 憶測に過ぎませんが、日本の教会が「仲良しクラブ」を避けようとするのは、教会の公共性を保とうとする意志の表れではないでしょうか。伝統的にキリスト教国であるベルギーでは、キリスト教の教会である時点で一定の公共性は得られているため、あえて教会外に対してオープンであろうとする必要性が乏しいのかもしれません。

 この教会に通い始めた頃は、言語ハンデゆえ説教が理解できないことにとても落ち込みました。「祈りの言葉と説教が理解できずに礼拝に出席する意味はないのだから、通うのはやめようか。」とさえ思いました。しかし、一緒に歌を歌ったり、コーヒーを飲む時間が楽しいため、礼拝に行こうという気持ちが維持され、通い続けています。おそらく、この礼拝形式は、私のような言語弱者のみならず、元気がない人にとっても同様に参加しやすい形式です。例えば、気力がないけどがんばって礼拝に来て、難しい説教が理解できずに落ち込んで、次回の礼拝には行けないという気持ちになる人であっても来やすいと思います。礼拝は娯楽や気晴らしとは違うので、礼拝に出る動機として望ましいあり方とは言えないかもしれません。しかし、神様の憐れみは弱い人たちのところにこそあるのであれば、説教から学ぶだけでなく、一緒に歌って共に神様を賛美することと、一緒にコーヒーを飲んで隣人の温かさに触れることにも本質があると言えるかもしれません。

 とても単純なまとめですが、今通っている教会は、弱い人に優しい教会だと思います。オランダ語がわからないなりに行く気持ちになれるので、よかったです。          (日本基督教団 松本東教会員)