東京共助会「聖書を読む会」2、3、4月例会報告者 角田芳子
第26回 東京共助会「聖書を読む会」民数記11章~ 15章
イスラエルの人々は、タベラに来た時つぶやき、泣いて「ああ肉が食べたい。われわれは思い起こすが、エジプトでは、ただで、魚を食べた。きゅうりも、すいかも、にらも、たまねぎも、そしてにんにくも。……」天より与えられるマナより、エジプトで食べていた食べ物を恋しがった。モーセは民のこの様子を見て、「わたし一人では、民の荷を担うことはできません、重すぎます。私にこのような仕打ちをなされるより、むしろひと思いに殺し、このうえ苦しみに遭わせないでください」とさえ願った。民数記12 章では姉ミリアムと兄弟アロンが「主はただモーセによって語られるのか。われわれによっても語られるのではないか」と言って非難したと記されている。モーセはそれに対して、ひと言も抗弁をしなかった。
聖書は「モーセはそのひととなり柔和なこと、地上のすべての人に勝っていた」とある。優柔不断のゆえに抗弁しなかったのではない。神にお任せしていたからではないだろうか。
私たちも、時々、自分に課せられている荷が重すぎると嘆くことがあるのではないだろうか。重荷だけが目に入り、共にくびきを負ってくださっている主を見失っていることが多い。
・4月21日(月)・出席:石川・内田・表裕子・角田秀・角田芳・中村 6名以上
第26回 東京共助会「聖書を読む会」民数記16章~20章
参加者でいつものように、輪読し感想を語り合った。特に今回話題になったのは、乳と蜜の流れる地、カナンまでの道のりの事であった。進む先にはすでに住んでいる民が生活しているのに、その土地を占領していくのである。神はどうしてそのような方法をお許しになったのだろうか。痛みを覚える前進であるが、どの国でも旧人民を押しのけて先進国と言われる民族が支配してきた歴史がある。(米国のインディアン・日本のアイヌ民族など)20章には「メリバの水」のことが書かれているが、つぶやき続けるイスラエルの民をめぐってのことである。モーセとアロンは会衆を前に、「反逆する者らよ、聞け。この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか。」と杖で岩を二回打つと、岩から水がほとばしり出たとある。神は「水を出せと命じなさい。」と命じたのに杖で岩を打ってしまった、この行いのゆえにモーセは、カナンの地に入れない、そしてアロンはホル山の上で死に、イスラエルの民は30日間、悼んで泣いたと記されている。
今回は4月14日に96歳を迎えた内田さん、4月20日に89歳になられた中村さんの誕生祝いを致しました。ご立派なお二人の大先輩たちです。いずれも場所:中村きよみさん宅 司会:角田芳子