キリストが歩まれている道 飯島 信
「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネによる福音書16章22節)
激動とも言える2025年が終わり、2026年を迎えた。第二次世界大戦後、国際社会の行く末がこれほど不透明な時代はかつて無かったように思える。その原因は明らかである。第一に、国際法に基づく秩序を守り、国際間の平和と安定を造り出す責務を負う国々が、自らその法を犯し、平和と安定を脅かしていること。第二に、自国第一主義を掲げ、全ての関わりを取引と見做して実行しているトランプ政権の誕生によって、世界経済に混乱が引き起こされていること。第三に、このような国際社会においてこそ、その役割が期待されている国際連合の指導力の限界である。国連憲章第一条に掲げられている国際社会の平和及び安全の維持や、人々の自決の原則が踏みにじられていることに如何なる有効な対処も成し得ないでいる現実を前に、それでは、私たちに出来ることは何かと問うのである。
基督教共助会107年の歴史を顧みる時、1931年から始まる15年戦争下、先達らは、国内外において、今とは比較することを許さない厳しい現実に生きていた。しかし、忘れてはならないのは、日本が犯した過ちの数々であり、アジア全体で2、000万、中国で1、000万とも言われる犠牲者を生み出したことである。これらの過ちを直視することなくして、朝鮮、中国、フィリピンなどアジアの人々との平和と和解の道を見出すことは出来ない。
そうした中、私たちに出来ることは、何よりもアジアの国々に対し、緊張緩和への道筋を示し、その具現化へ向けて交流の汗を流すことである。基督教共助会は、不確実性を増す国際社会にあって、小さな営みではあっても、韓国の友との間に結ばれているキリストに在る友情の絆を、台湾、ミャンマー、フィリピン、さらには中国とも結ぶことを視野に入れた歩みを進めたいと思う。なぜなら、キリストがその道をすでに歩まれているからである。
(日本基督教団 小高伝道所・浪江伝道所牧師)
