巻頭言

私の責任―御言葉に希望を! 石川 光顕

今回の「一泊研修会」の主題は、「私たちの現在地 ― 歴史・世界・平和」である。高橋先生は、1945年「敗戦」から話し始められた。私が生まれた年である。主題講演の年表に私自身の歩みを少し重ねてみる。

47年「日本国憲法施行」、52年「サンフランシスコ講和条約」、65年「日韓基本条約+日韓請求権協定」《大学入学》、72年「沖縄返還」《定時制高校教師4年目》、92年《共助会で初めて韓国訪問:謝罪の旅》、95 年「戦後50年村山談話」《50歳、三鷹高校卒業時にクラスの「平和宣言」》、99年「国旗国歌法」《前年、府中西高校での長崎修学旅行で学年としての「平和宣言」を現地で読む》。この間、「君が代・日の丸」問題は都教委・管理職とのやり取り(闘い)が続き、大きな苦悩の連続であった。神津高校に「逃げる」(異動する)ものの最終的に裁判闘争に加わった。

日本は「世界」の政情に倣って戦争への道を駆け上っているかのように見える。私たちが進むべき道は、この日本が歩んできた歴史に学び応答することである。キリスト者の群れとして「見張り役」( 67 年鈴木正久議長「戦争責任告白」)の責任を果たす必要があることを改めて痛感している。私自身この社会に対し、自分の実践の項目を並べてみるも〝責任〟を本当に果たす歩みだったかと自らに問わざるを得ない。

今、CS教師として、一見「明るい・元気な」子どもたちの内面に不安・孤独が深まっていることを感じさせられている。高校受験で心身が弱められている生徒の家族を支え、祈りを共にしてきた。また、ゲームやSNSに熱中する障がい児学級に通う子どもを持つ母親とも我が家で祈りを共にしている。果たしてこの子たちが〝希望の持てる展望〟を持ち歩み出せる取り組みはあるのか……。この子たちの声なき声にどう応答し、責任を果たしていけるのか。

私の中には〝成す術がない〟。しかし、年頭に与えられた御言葉は、①暴力に依存するな。搾取を空しく誇るな。力が力を生むことに心を奪われるな(詩編62・11)。②愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」(ロマ書12・19)。③あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい(ヨハネ福音書13・34)。

これらの御言葉に立ち、噛みしめながら、子どもたちが未来に展望を持てるように祈っている。また日本をはじめ世界の為政者のことをも覚えて祈ることは「見張り役」としての己の責任と考える。         

(日本基督教団 調布教会員)