この春、共助会の針路について思う(2)(2006年5月号) 尾崎 風伍

 ペテロはどこで、真実なキリスト告白をなし得たでしょうか。フィリポ・カイサリアで「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と答えて、イエスからおほめをいただいたときでしょうか。否。このときは、その直後、イエスの受難予告に対してペテロは「主よ、とんでもないことです」と言い、イエスから手厳しく叱られました。言葉の上では正しく答えたのに、肝心の「神の子キリスト」がどういう方かまだわかっていませんでした。

 ペテロが真実なキリスト告白をなし得たのは聖霊降臨の後です。ペテロとヨハネが神殿当局者たちに捕らえられ、最高法院に立たされて、「何の権威により、だれの名によって」人をいやしたり説教したりしているのか、と問い詰められたとき、ペテロは恐れることなく「あのナザレの人、イエス・キリスト。わたしたちの救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていません」と、今度こそ真実なキリスト告白をしました。

 しかし、ここに至るまでのペテロには自らの罪に対する深い悲しみがありました。捕縛連行されたイエスに、「獄にまでも死にまでも」と思い定めてついて行き、大胆にも大祭司邸の中庭にまで潜入したガリラヤ人の純情・剛直も甲斐なく、鶏が鳴いてはっと気づいたときには三度も主を否んでいた。——振り向いてペテロを見つめられた主の眼差し。外の暗闇に身を投げ出して号涙するほかありませんでした。復活の主はこのペトロに三度「わたしを愛しているか」と問われ、しかも「わたしの羊を飼いなさい」と命じられました。このときペテロは、もはや取り返しのつかない自らの罪が、主の十字架のゆえに赦されたことを知り、心身打ち震えたのです。

  今年度、共助会は戦前のタブロイド版『共助』の読会を始めようとしています。これは、共助会の上に、また、共助会を通してなされた神の御業を明らかにするために、まず戦前の共助会の歴史を書き表すことを目的とするものです。しかしそうしようとするならば、聖書の歴史記述に見るとおり必然的に共助会の負の歴史も明らかにされねばなりません。それを私たちは、『カラマーゾフの兄弟』に登場する大審問官のようにではなくペトロのように、打ち砕かれた悔いた魂をもって、自らの罪の悔い改めの実を結ぶためにしたいと願います。