この春、共助会の針路について思う(1)(2006年4月号) 尾崎 風伍

 主の晩餐の夜、主イエスはペテロに「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた」と言われました。今、日本のキリスト者は、その信仰を問われてふるいにかけられるような状況に直面していると思います。戦争中と現在とでは、世相はまったく違うように見えて霊的状況は酷似しています。オウム真理教の実態が明らかにされた後のこと、新聞の投書に「戦争中は国全体があれと同様なマインドコントロールにかけられていた」という意味の言葉がありましたが、今の日本はまさにそれと似た状況にあります。しかも、戦前、日本を滅びに誘った日本的諸霊が大手をふって舞い戻ってきた感があります。

 昨年秋の衆議院解散・総選挙。小泉首相の、手軽なマジックのような手法で自民党が圧勝しました。そこには一種マインドコントロールまがいの胡散臭さがあり、自民党政治に対する実質のある健全な信任が反映しているとは思えません。しかし、今こそとばかりにその流れに乗り憲法や教育基本法が改悪されようとしています。昨年十月末には「自民党新憲法草案」も発表され、最近に至って自民・公明両党は今国会中にも教育基本法の改訂案を提出・成立させようとしています。

 既に早くより、特に一九九九年以来、日の丸・君が代の強制が教育現場で露骨になってからは教師の友人たちが、真剣に取り組んできた問題です。しかしこれは、単に学校の先生方や教育現場だけの問題ではありません。これは私たち日本に召されたキリスト者の、信仰そのものが挑戦を受けている問題です。言葉を換えていえば、信仰告白にかかわる問題だと、私は思っています。

では、共助会としてこれからすべきことは何か。迂遠のように聞こえるかもしれませんが、まず、なぜこれが私たちが真正面から取り組むべき信仰の問題であるか、ということについて心から納得できる共通の理解を持つことが大切です。去る一月八日・九日の共助会一泊研修会がそのための試みの一つ。特に川田殖氏の主題講演「反省と課題」(5月号に掲載予定)を熟読されよ。