早朝の平和への祈り(2004年2月・3月合併号) 河合 達雄
こころにやきつけられている風景がある。早朝の静けさの中、さわやかに、祈りが流れていた。澄んだ明るい声。簡潔、平易な言葉。さしこむ朝の光を浴びて六-七人が祈り合っていた。祈っているのは「熱河宣教」の福井二郎先生。日中戦争中、中国の辺地、熱河地方で中国語による伝道を進めた熱河宣教の原点、原動力は早朝の祈りだった。その早朝の祈りが朝祷会の形で教会で続けられていた。
世界も日本も燃え、揺れ動くなかに投げ込まれ、激務の明け暮れに魂の深い渇きを痛感する一介の新聞記者は、朝祷会の存在を知り、谷川の水をしたいあえぐ鹿(詩篇42.1)となって、朝祷会に‘生きる水’を求めた。
それから30余年―木造の会堂はコンクリートの会堂に変わつたが、私はいま、毎週土曜日の早朝、続けられている池袋朝祷会のお世話をする身になっている。
朝祷会は超教派の祈りの集いとして1957年1月、大阪で誕生した。「共にキリストの愛に生かされている者たちの一致を求め、福音の前進と、主にある平和を祈る」などの綱領を掲げ、全国130余カ所で開かれている。 有事法制、自衛隊のイラク派遣、と平和に逆行する事態が進展する中、朝祷会は平和への祈りを迫られている。一年に二回、全国大会、年頭集会に全国から祷友が集まるが、この一月、福島県郡山市で開かれた年頭集会の主題は「平和をつくり出す祈り」、五月の全国大会の主題も「平和」である。「平和をつくり出す人たちは、さいわいである」(マタイ5.9)のみ言葉、アシジのフランシスコの「平和の祈り」にうながされ、平和への祈りに切実さがいっそう加わってきた。
祈りは平和のための行動に押し出す。新潟朝祷会の川村邦彦兄は北朝鮮の子どもたちにコメを贈るNGO活動を起こし、これまで7年間に110トンのコメを送つた。 また、広島朝祷会の86歳の駕屋晴治兄は中国戦線で負傷、戦友を多く失つた体験を背負い、背中に「戦争反対」、正面に「憲法九条は戦死者の遺言」と書いた胸当てをつけて外出、街頭で平和を訴えてきた。
祈りはすべての平和活動の出発点であり、終着点でもあり、源であり、実りであり、中心」そして「平和は神からの賜物であり、祈りのうちに与えられるもの」(ヘンリ・J・M・ナウエン)なのだ。