随想

祈りと主にある友情と 小笠原 浩平

【誌上夏期信仰修養会 早天礼拝】

2020年の2月頃から、日本いや世界に猛威を振るった新型コロナウィルス。それは有無も言わせず広がり、人間の安全という言葉を根底からくつがえした。私が今、この文章を書いているのは、2020年の5月6日だが、日本政府の「緊急事態宣言」が5月いっぱいまで延長されたとはいえ、多くの国民の自粛のせいもあってか、感染者の数は下火になってきているようだ。

しかし、まだ予断を許さない状況にある。私の住む青森では、感染者27名で、東京・神奈川・大阪・兵庫・愛知・北海道などと比べると、はるかに被害は少ない。しかし、一変して市街地では人影はほとんどなく、みんな家の中にいて自粛しているようであった。この間の東京の感染者は、毎日、百人・二百人を超え、東京に住んでいる人は恐怖感の中にいたと想像する。これ程の事態になるとは恐らく誰もが想像できなかったことだと思う。

私は、東京にいる人達、特に共助会員の人達のことを思った。「どうしているだろうか。大変な恐怖心の中にいるのではないだろうか」と。私は、石川光顕さんや三田町子さんに電話した。「そちらの状況はどうですか?」と「心配しなくていいよ。」と返ってきた。私は「とにかく祈っていますから。」という言葉しか口から出てこなかった。東京に住んでいる人達の気持ちを考えると私などでは推し量れない、恐怖感の真っただ中にいると思えた。

私は、それまで「祈り」ということを余りしなかった。しかし、この新型コロナが日本だけでなく全世界に広がり、無情にも一日何千人、いや何万人という人がなくなっている事態の中で、思わず「神様、この国・そして世界を救ってください。」と必死になって祈った。その頃、よく読んだ聖書の箇所は、イザヤ書41章9・10節、そして13節だった。9・10節「あなたはわたしの僕、わたしはあなたを選び、決して見捨てない。恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神」そして13節「わたしは主、あなたの神。あなたの右の手を固く取って言う 恐れるな、わたしはあなたを助ける。」と。この箇所をよく読んでみた。ユダヤのバビロン捕囚の末期に活躍した無名の預言者「第二イザヤ」の力強い言葉である。ユダヤの人達が捕囚により絶望の中にいた時「第二イザヤ」が神のみ旨を取り次いだ言葉である。私は、本当にこの世の終わりが来るのかとも思った。神様はどこにいるのか、神様はこの事態を見てどう思っておられるのかと。

ところで、祈りといいますと、私の母のことを思います。母は祈りの人です。何を祈っていたかは分かりませんが、とにかく、よく祈っていました。「祈りしかないなぁ」とよく言っていました。執り成しの祈り・感謝の祈り・神に願う祈り・悔い改め【懺悔】の祈り・など祈りも様々です。母は『共助』誌に書いた「祈り」という文章で、最後にこう書いています。「私達自身は小さくて弱いですが、イエス様に祈り求めてゆく時、祈りを通して御聖霊が、お働き下さって、神様御自身から、その時、その場にふさわしい愛のみ業をお示し頂けますことを信じ、感謝でございます。」と。母は、日々の艱難に出会った時、神の前に出るべく祈ったのだろう。私もそんな思いで、コロナの時祈っていました。誰かが「『祈り』とは神様の前に出て、一対一で、すべてを打ち明けさらけ出して向かうことだ。」と言っておられました。正に「神の前に立つ個」として。下村喜八さんによると、「祈りは……パウロは人間には霊と肉がある。祈りとは、神の前に立ってイエス・キリストの贖いに示された愛を受けて、肉が壊れて、キリストへの感謝の気持ちが生まれる。そして自己に死んで、キリストの愛に生かされること」とおっしゃっていました。イエス様も「祈りの人」でした。ルカ伝の6章12節では「その頃、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた」とあります。一人ぼっちになって、誰も人がいない場所で、神の前で祈る。下村喜八さんは『我祈る、ゆえに我あり』の中で「イエスは父と子の一つなる交わりの内で、力を補充されました。さらにイエスには、父の御心を知る必要がありました。それは祈りを通してなされました」と書かれています。イエスは、祈ることによって神の御声を聞き、それに従った人生を歩んだのでしょう。祈りは一つの力だと言っていいでしょう。また、下村先生は奥田成孝先生の文章を引用しておられます。「祈りは、我らの一切を求め給う聖なる人格の前にたつことである。自我の危機、自我の否定の時である。人生これ程真剣な厳粛、又これ程冒険な時はない。実に祈りの時は、罪あるものにとっては生命がけの戦場である」と。神様の前にすべてをさらけ出し、自分の罪の赦しをこう。しかし、そのことによって「古き自分に死んで、新しい生命に生かされることができる。」「『祈り』このことの大切さを改めて知ることができた。祈りとは、神とその神を信ずる人との間の、心と心の交わりである。神との会話である」と。私達は絶えず祈って、神様の前で生まれ変わることができるのでしょう。

今回のコロナ騒動で、以上のように私は「祈る」という事の大切さを感じましたが、もう一つ「人と人とのつながり」という事を深く考え、思い知らされました。コロナによって皆が感染拡大を防ぐために、いわゆる「ステイホーム」という事が言われました。これは、政治家や東京都知事による警告でありました。家庭内感染という事態もありましたが、全く一人で家で過ごさざるを得ない人も大勢いました。私も、母がグループホームに入所している為、全く一人で過ごさざるを得ない日々を送りました。

その時感じたのは、一人でいることの寂しさや孤独でした。「寂しい」という言葉を辞書で引きますと、「親しい人がいないなどで心が満たされず、物悲しい。」また「心細く感じられるほどの状態だ。」という文章が載っていました。正に、一人ぼっちでいることのやるせなさや、人と何でもいいから話をしたい、という欲求が起こるのです。キリスト教は「人と人との交わりの宗教だ」と言われます。正にイエス様自身、弟子や庶民などの間に入って生活し、伝道されました。そして、「他人を愛する」ということを強調されました。「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。また、隣人を自分のように愛しなさい。」(ルカ10章27節)また、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(ヨハネ15章13節)イエス様はこのことを実行されました。そして、十字架にかかられました。それは、イエス様の愛です。そして、神様は決して、私達を見捨てないと。人は一人では生きていけない。ある時は動物から慰めを受けることがあります。しかし、人間は自分が信頼できる、また安心して何でも話せる人の側にいることで、心が安定し慰められると思う。孤独死という事も最近言われるが、現代社会では多くの人が一人だと聞く。私の父が書いた本に「自殺率は、その両親がいない者のほうが高い」とあった。人は人を愛し、助け合い、話し合い、ケンカもする。そのような過程で生きる喜びを見い出し、また生き甲斐を感じるのでしょう。では、キリスト者の交わりは、どういうことが大切なのでしょう。そこで、以下の文章を抜粋したいと思います。これは、ドイツのボンヘッファーが著書『共に生きる生活』の中で書いているものです。最初の「交わり」から抜粋しますが、これは特に心惹かれた箇所です。

キリスト者にとって、彼がほかのキリスト者との交わりの中で生きることを許されているということは、決して自明的なことではない。イエス・キリストは、敵のただ中で生活された。最後には、弟子たちも皆、イエスを棄てて逃げてしまった。十字架の上で、彼は悪人や嘲笑者に取り囲まれて全くひとりであられた。彼は神の敵たちに平和をもたらすために来られたのである。だからキリスト者も、修道院の孤独な生活へと隠遁することなく、敵のただ中にあって生活するのである。

これはつまり、キリスト者はただ安心できるキリスト者と交わるのではなく、敵対する者の中へ、あえて入って行って交わることが大事だと言っているのでしょう。イエス・キリストはそういう生き方をした。またマタイ伝5章の山上の説教に、こう書かれている。「あなたがたは、地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味がつけられよう。」また、「あなたがたは世の光である。……そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々があなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」と。

耳が痛い話である。これは実際、実行するのは大変困難で、プレッシャーのかかることではある。しかし、イエス様は「そうしなさい。」と言われた。他の人の手本となって我々は、神の御心を代弁し行いなさいと。ある解説書によると「もしクリスチャンたちが、この世の人々に影響を与えるために努力しないなら、神にとって、ほとんど価値がないものになってしまう。クリスチャンは、他の人々と融合すべきではない」とありました。大変厳しい言葉だと思います。私達クリスチャンは、他の人々とうまく付き合っていかなければ生きて行けません。しかし、イエス様は「地の塩になれ。」また「あなたがたは世の光である。」と言っているのです。

交わりというのは、本当はクリスチャンとしてこの世で生きていくのは、大変困難なことなのでしょう。だから「キリスト教的人格」をしっかり持つという事が必要になってくる。森明は「主にある友情」を大切にした。そこで森先生の「涛声に和して」から引用させて頂きます。『十字架にわが罪を負い給える主イエスと、恩師の保護と、多くのよき友の耐え難きまでの忍耐に支えられて捨てられず、かくして私は中渋谷に伝道を開始して以来十年を過ぎた。『朋友信あり』とは、この場合深い実感を伴う言葉である』と。この世にあってクリスチャンとして生きていくには、クリスチャン同士の主にある友情、そしてその交わりが不可欠であると、森先生の文章を通して感じた。人と人の交わり、そこには神も関与するであろう。私達はイエス様の生涯、そして十字架の死を思って、森先生の言う通り「キリスト者は実に戦争の一生を送らねばならない。ただ平和なるは、戦いに勝ち給える主イエスのみ陰による時のみである」とある通り、生きてゆかねばならない。森先生のおっしゃることは、まことに厳しい。しかし、日本において一%であるクリスチャンが、主の前でしっかり立って、祈りをもって生きていくことは、神様も、天にあるイエス様も、喜ばれることではないかと思うのである。そしてキリスト者は、全く彼に与えられる神の御言葉によって生きるのである。また少し森明先生の言葉を引用したい。「友情は苦しくともその交わりに感謝があり、生命と温かみとを有するものである。そして、友情というものは、そんなにどこにでもあるというものではないのですよ。」私もそう思います。

最後に二人の友のことを紹介して、終わりたいと思います。一人は、青森のハンセン病施設、松丘保養所の患者さんです。Sさんと呼ばせていただきますが、現在84歳です。Sさんは、ハンセン病の後遺症としての顔面手足の麻痺と変形が残っている。しかし、温かい人で明るかった。私はこの人がキリスト者であり、クラシック音楽が好きなことを知った。時々、私の気に入ったCDを持って訪ねるようになった。もう8年になる。80年の生涯で人に言われぬこともあっただろう。悲しい目、つらい目にも合われただろう。しかしSさんは明るい、そして前向きだ。何が彼をそうさせるのか? それは信仰でしょう。私達の為に十字架上でその命を捧げたイエス・キリストの贖罪。罪ある私達の罪を赦したもうたしるしの十字架。そして、その愛であろう。色々、信仰や音楽の話をし、また音楽を聴きながら、何とも言えぬ恵まれた温かいひと時を、持たせてもらっている。神に感謝する。彼は「神様、イエス様に愛され、命を頂いたことを感謝する。」とおっしゃっておられます。私はSさんから謙虚さ、信仰、思いやり、へりくだることの大切さなどを学んだ。それから、もう一人、私の父の友だった下田祐介さんのことが忘れられません。彼は青森の八戸の出身でしたが、大学は関東で在日韓国人についての社会学を学んでおられました。彼は大学院の時、精神病になりました。大学院を卒業したものの病気のまま故郷の青森に帰りました。下田さんは父に「青森では貧しさと嘆きが深いばかりではないか。教会も少なく、イエス・キリストの光が、まだわずかしか差していないんです。」と語ったそうです。父は「分かった。私が牧師を辞めたら、必ず青森に帰ってくる。そして、そこで一緒に祈ろう。祈祷会をしよう。」と言ったそうです。しかし、ある時、病気の重くなった下田さんは、精神病院から父に電話をして「小笠原先生、私は信仰を、イエス・キリストを信じる信仰を失ってしまいました。」と叫ぶように言ったそうです。それに対して父は「君がイエス様から離れても、イエス様は君を抱きしめて離さないよ」と。これが父の牧師としての、いや友に対する出来る限りの言葉であったと思います。下田さんは、その後何年かたって、天に召されました。しかし、その時、神様、イエス様が抱きしめて、抱えて天に昇って行ったことと思います。そのような友情。

その後、父は約束を守って青森で牧会します。そのような主にある交わり。私は、このように「主にある友情」によって励まされ、支えられてきた。「わたしがあなた方を愛したように、互いに愛し合いなさい。……友のために、自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(ヨハネ15章12・13節)絶えず神様に向かい祈ること。そして、主にある友情によって、いつも神様につながっていること。そのことの大切さを思います。「あなたはわたしの僕しもべわたしはあなたを選び、決して見捨てない。恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。」(イザヤ書より)絶望の現実にあっても、主イエスは生きておられると信じます。そして主イエスと共に歩んでいきたいと思います。

(日本基督教団 青森教会員)