発題と応答

【シンポジウム 発題1】イスラエル・パレスチナ問題をめぐって(一)高橋 哲哉

私は今回、共助会の皆さんと議論するということで、イスラエル・パレスチナ問題のとくにキリスト教とのかかわりを意識しながら、お話してみようかと思います。

まず資料①をご覧ください。この写真、何だと思われますか?

中央にいるのはイスラエルのネタニヤフ首相と夫人のサラさんです。イスラエルは今、ハマスだけでなくイランやヒズボラやフーシ派との戦争で最高度の緊張状態にあって、首相が外遊する余裕などとてもないだろうと思われるなかで、先月下旬、ネタニヤフ氏はワシントンを訪問し、アメリカ議会の上下両院合同会議で演説をしました。その時に、わざわざキリスト教福音派の人たちとの会談を設定して、撮った写真なのですね。

アメリカがイスラエルを強力に支援してきた背景にはいくつかの要素がありますが、皆さん先刻ご承知のように、キリスト教福音派のイスラエル支持があることは確実です。民主党も共和党も「ユダヤロビー」の存在を無視できないのだとよく言われますし、それも事実ですが、しかし人口から言いますと(つまり選挙の票の数ですが)2%前後。しかもイスラエルに批判的なユダヤ人は増えていますし、もともとニューヨークあたりの超正統派ユダヤ人は世俗のイスラエル国家を認めず、抗議運動でイスラエル国旗を燃やしたりするほどです。一方、キリスト教福音派のほうは、なんとアメリカ人の4人に1人、25%もいると言われます。厳密に言えば、その中身は均質ではないのでしょうが、信仰上の理由などから、ユダヤ人以上に強くイスラエルを支持する人が多い。トランプ大統領の誕生とそのイスラエルべったりの政策を支えたのも、この人たちだと言われました。ネタニヤフ首相はここで、この人たちの「イスラエルへの揺るぎないサポート」、「真理と共通の価値に対する堅固なサポート」を高く評価し、深く感謝する、と言っています。

では、上下両院合同会議で演説したネタニヤフ首相は、どんなことを言ったのか。冒頭に注目すべき言葉が出てきます。アメリカとイスラエルが中東で戦っている戦争は「文明の衝突ではなく、野蛮と文明の衝突です。死を賛美する者たちといのちを聖化する者たちの衝突なのです。文明の力が勝利するためには、アメリカとイスラエルが団結しなければなりません」。「文明の衝突」clash of civilizations。これはサミュエル・ハンチントンの言葉ですが、ハンチントンでは「西洋」対「イスラム」は「文明」と「文明」の衝突だったのに対して、ネタニヤフは、イスラエルを欧米と一緒にして「文明」の側に置き、イランを中心にパレスチナを含む「野蛮」な「イスラム」勢力と戦っているのだと言っているように聞こえます。民主党議員約80人と、上院議長のカマラ・ハリスも欠席した議会で、ネタニヤフは議員たちに「友よ」と呼びかけて、「私たちの敵はあなた方の敵、私たちの戦いはあなた方の戦い、私たちの勝利はあなた方の勝利なのです」と訴えました。「野蛮」との戦いにあって、アメリカとイスラエルは「文明」として運命共同体だというわけです。

ネタニヤフ首相はここで「文明」という言葉を、「ユダヤ・キリスト教文明」judeo-christian civilization という趣旨で使っていると考えられます。今年の5月30 日、ネタニヤフ首相は突然フランスのTVのインタビューを受け、イスラエルの立場を説明する中でこう言っていました。「私たちの勝利はあなた方の勝利です。野蛮に対するユダヤ・キリスト教文明の勝利です。それはフランスの勝利なのです」。ここでは彼は「イスラエルの勝利」は「フランスの勝利」でもあると言って、「ユダヤ・キリスト教文明」の名のもとに、アメリカだけでなくヨーロッパとも、軍事的関係だけでなく「文明」として同盟関係にあると主張しているのです。2017年にはこうも言っています。

「私たちはヨーロッパ文化の一員です。〔……〕ヨーロッパはイスラエルまでで終わるのです。イスラエルの東にはもうヨーロッパはありません。私たちには、世界中でイスラエルを支持してくれるクリスチャン以上に偉大な友人はないのです」。まとめますと、イスラエルは中東イスラム世界に張り出した「ヨーロッパ」の先端であって、「ユダヤ・キリスト教文明」の一員として、その外部の「野蛮」と戦っている。イスラエルを支持するクリスチャンこそ最も「偉大な友人」であるというのです。不思議ですね。キリスト教ヨーロッパで数百年続いたユダヤ教差別、近代ではホロコースト(ショアー)に極まった反ユダヤ主義(antisemitism)の歴史が、まるでなかったかのように語られています。

これとの関係で見逃すことができないのは、近年のヨーロッパ極右勢力とイスラエルとの接近です。ヨーロッパ各国で極右勢力が台頭して大変なことになっているのはご承知の通りです。今年6月の欧州議会選挙では、極右勢力が大幅に躍進して衝撃を与えました。それ以前から、イタリアのメローニ首相、ハンガリーのオルバン首相は極右政治家ですし、スウェーデンやフィンランドのような北欧の国でも極右政党が政権を支えていますが、先月2日、オランダでも極右政権が発足しました。昨年の選挙で第一党となった極右政党「自由党」のヘルト・ウィルダース党首が、元情報機関の官僚を担いで首相にして、実権を握ったのです。ウィルダースはフランスのマリーヌ・ルペンとともに、ヨーロッパの極右を代表する人物です。資料②の写真をご覧ください。

左側がウィルダース、右側がイスラエルのイツハク・ヘルツォグ大統領です。今年の3月、ヘルツォグ大統領が、アムステルダムのホロコースト記念館のオープニングに訪れた際に、ウィルダースがSNSに投稿したものです。イスラエルの大統領と歓談したことを「誇りに思う」、「これからも常にイスラエルのテロとの戦いを全面的に支持していく」と言っています。

なぜ、こういうことになるのでしょうか。ヨーロッパの極右と言えば、その共通項は「反ユダヤ主義」でした。当然、ナチスのイメージです。ネオナチです。その極右と「ユダヤ人国家」イスラエルが、なぜ接近できるのでしょうか。ヨーロッパの極右からすると、いわゆる「脱悪魔化」dédiabolisation です。一般市民にも支持を広げて政権を取るために、EUではタブーである反ユダヤ主義的主張を封印し、悪魔的イメージを払拭する。マリーヌ・ルペンは、父親のジャン=マリー・ルペンがホロコーストを「歴史上の些細な出来事」と言って非難を浴びた「国民戦線」時代のイメージを塗り替えるために、政党名も「国民連合」に変え、「脱悪魔化」に努めました。最近ではイスラエルを支持し、「反ユダヤ主義」に反対するデモにも参加したといって話題になりました。では、反ユダヤ主義を封印し、イスラエルを支持するようになったヨーロッパ極右の共通項とは何か。反グローバリズム、反EUなどと並んで決定的に重要なのは、思想的には「反イスラム」、政治的には「移民排斥」です。「ユダヤ・キリスト教文明」のアイデンティティ構築と、「反イスラム」「移民排斥」の立場が同じコインの裏表であることは、ウィルダースの次の言葉によく表われています。ウィルダースが2017年、ドイツの極右「ドイツのための選択肢」AfD(AlternativefürDeutschland)の集会で行なった講演での発言です。「ヨーロッパの有力政治家が誰一人として、今、発しない問い:大量移民に対してわれわれの国とアイデンティティをどうやって守るのか。われわれの諸価値をどう守るのか。われわれの文明をどう守るのか。われわれの文化を、子供たちの将来をどう守るのか。これらの問いこそ、われわれが答えなければならない根本的な問いなのです。〔……〕歴史がわれわれ皆に対し、ヨーロッパを救えと求めています。われわれ自身の人間主義的なユダヤ・キリスト教文化と文明、われわれの自由、われわれの国民、われわれの子どもたちの将来を救えと求めているのです」。

このように、ヨーロッパの極右にとって移民の流入は「イスラムの侵略」「テロの脅威」であり、それに対して「オランダ人のオランダ」「フランス人のフランス」「ドイツ人のドイツ」「ヨーロッパ人のヨーロッパ」を守れと、これが合言葉になります。この点で、中東でイスラム国家イランやイスラム武装勢力と戦い、「ユダヤ人国家イスラエル」を守るというイスラエルのとくに右派とは、立場が一致することになるわけです。ネタニヤフ首相は2017年のワシントン訪問の際にも、キリスト教福音派の集会で演説し、こう語っていました。「われわれの戦いは、イスラム武装勢力から自由社会を守る闘争です。彼らがイスラエルを憎むのは西洋を憎んでいるからであり、われわれがユダヤ・キリスト教の遺産の上に建てられた自由な社会を代表しているからです。〔中略〕イスラエルは中東の核心部に立つ自由の防波堤なのです」。このように見てくると、今後ありうる最悪の展開としては、極右化したヨーロッパ、アメリカのトランプ政権、そしてイスラエルが、「ユダヤ・キリスト教文明」を旗印に結びつく、というシナリオではないかと思われてきます。

次に、以上のようなイスラエルと欧米の動きが、いわゆる「パレスチナ問題」とどう対応しているのか、いいかえますと、現代イスラエル国家のどのような歴史と現状に対応しているのかについて、見ておきたいと思います。

まず、「ナクバ」Nakba の認識を共有したいので、資料③をご覧ください。アルジャジーラのサイトから借りてきました。「ナクバ」とはアラビア語で「破局的な出来事」(カタストロフィ)「大惨事」を意味する言葉です。イスラエル建国で先住民のパレスチナ人に起きた出来事のことです。そこに1917年から1995年までパレスチナの4つの地図がありますが、まず1917年。この地域がイギリスの委任統治領になる前です。J e w i s hc o n t r o lと書いてあって、水色の点がごくわずかに見えます。ここが当時のユダヤ人入植地で、他にはほとんどアラブ系のパレスチナ人が住んでいたのです。イギリスの委任統治時代になりますと、ユダヤ人の入植が増えますが、それでも1947年時点で、ユダヤ人人口はパレスチナ全体の約30%。国連で採択されたパレスチナ分割決議は、この30%のユダヤ人に全体の6割近くの土地を与えるものでした。1948年、イギリスの委任統治が終了するのを待って、イスラエルが独立宣言。これを認めないアラブ諸国と戦争になりますが、結果的にイスラエルが独立します。この時に起きたのが「ナクバ」です。「イスラエルによって破壊されたパレスチナの村」という図があります。この時530の村が破壊され、1万5千人が殺害され、約75万人が追放されたと。主な虐殺事件の場所も記してあります。最も有名なのは右側の一番下、「デイル・ヤッシーンの虐殺」です。

この時の実態を明らかにしたのは、歴史家のイラン・パペです。「イラン」パペと言いますがイラン人ではなく、イスラエルで生まれ育ったイスラエル国籍のユダヤ人です。パペは研究者になって海外に出るまで、学校で習った歴史を信じていたそうです。パレスチナ人はイスラエル建国の時に自分たちから出ていったのだ、というのが公定の歴史でした。ところが海外に出て別の見方に接してみると、どうもおかしい。研究の結果、じつはシオニストたちは独立宣言の前から、Plan Dahlet(ダーレト計画)という計画に沿ってパレスチナ人への攻撃を開始していた。パレスチナ人が恐怖で逃げ出すように、攻撃を積極的に宣伝さえしていた。シオニストによる「民族浄化」ethniccleansing と言えるものだった、という認識に達したのです。イラン・パペは、イスラエルの政治や歴史に対する最もラディカルな批判者になったために、イスラエルの大学にはいられなくなってイギリスの大学に移っています。パペは今年の5月13日、アメリカのデトロイトの空港でFBI職員に一時拘束され、尋問を受けたそうです。スマホを取り上げられて全部コピーされたと。尋問で、「イスラエル・パレスチナ紛争についてどう思っているのか」「解決策をどう考えるのか」などと訊かれたので、「知りたければ私の講演や講義に来い。タダでレクチャーする義務はない」と答えたそうです。モサドとFBIとかCIAとか、ここまでつながっているのですね。「ナクバ」による「追放」がパレスチナ難民問題の起源で、現在では2世、3世も含めて約600万人に及ぶ人々が、ヨルダンを筆頭に他

国で難民として暮らしています。この人たちが故郷に戻る利、これがパレスチナ難民の「帰還権」です。

1948年の地図に戻っていただきまして、イスラエルはナクバと独立戦争の結果、国連分割案よりも広い土地を支配することになります。現在のヨルダン川西岸地区とガザ地区の原型ができます。では、これと1967年の地図とどこが違うのでしょうか。1967年は第三次中東戦争(いわゆる「六日戦争」)でイスラエルが大勝利を収め、パレスチナのヨルダン川西岸とガザ、それに東エルサレムを占領してしまいます。占領地になったという意味で、境界線が赤く塗られているわけです。なお、この時に広大なシナイ半島とゴラン高原も占領されたのですが、シナイ半島はその後エジプトとの和平で返還されました。国際法では本来、戦後に秩序が回復されたら占領軍は撤退しなければならないのですが、イスラエル軍は居座ります。そして、1995年の図。1993年には皆さんご承知のオスロ合意があり、西岸とガザをパレスチナ自治区として、将来のパレスチナ国家と和平へとつながるのではないかと期待されたのですが、そうはなりませんでした。ガザの軍と入植者は2005年から撤退しますが、その結果、ガザはむしろ外界から隔離され、アパルトヘイト状態になって、イスラエルの支配が続きます。1995年の図では、ヨルダン川西岸地区に注目です。緑色の部分、つまりパレスチナ人の居住する部分が虫食い状態になって、縮小しています。ヨルダン川西岸へのユダヤ人の入植は、1967年以降、オスロ合意があっても全く止まらずにどんどん進められ、現在では東エルサレムと合わせて何と70万人にも達しようとしているのです。

この入植はイスラエル軍のサポートのもとで、多くは暴力的に進められていて、昨年の10月7日以降は、世界の目がガザに集中しているのを良いことに、パレスチナ人の殺害や追放などますます暴力的に進められてきました。いいかえれば、「ナクバ」は終わっていない、今も続いていると言えるわけです。

占領下での入植は国際法違反であるとして、国連総会や人権理事会などではたびたび非難されてきました。2016年には安保理事会でも入植活動の中止を求める決議が成立しています。この時はさすがのアメリカも拒否権を行使できずに棄権したため、14対ゼロで成立しました。今年の2月、バイデン政権もしびれを切らして過激派入植者に制裁を科しましたし、イギリスとEUも続きました。先日、7月23日には、日本政府が初めて、入植者4人に資産凍結の制裁を科すと発表しました。アメリカに追随しただけという見方もできますが、今回は、直前に、ICJの「勧告的意見」が出たことが大きいのではないかと思います。7月20日、国際司法裁判所がヨルダン川西岸の状況に関する勧告的意見を出しました。イスラエルによる占領は「事実上の併合」であり、違法なので、早期に終わらせなければならない、パレスチナ人に対する差別的政策は「人種、民族、宗教に基づく制度的差別」であり人種差別撤廃条約違反である、イスラエルは入植活動を停止し、入植者を撤退させ、パレスチナ人の損害を補償しなければならない、等々。これは訴訟の判決ではなく「勧告的意見」なので、法的拘束力はないのですが、インパクトは大きいでしょう。実際、日本政府は、これが出た3日後に制裁を発表したわけです。

ところで、このような国際社会からの批判にもかかわらず、イスラエルが入植を一向に止めようとしない理由の一つは、『聖書』との関連です。イスラエル軍の占領後、ヨルダン川西岸は軍令によって「ユダヤ・サマリア地区」という行政名を与えられました。シオニストにとってこの地域は、『聖書』に記された「契約の地」エレツ・イスラエル(イスラエルの土地)の重要部分に当たるわけです。現在、この地域への入植を強行推進しているのは、極右政党「宗教シオニスト党」党首のベザレル・スモトリッチ財務大臣です。そしてもうひとつ、2018年にクネセット(イスラエル国会)で成立したいわゆる「ユダヤ人国家法」も見逃せません。イスラエルには単一の憲法典がなく、憲法的地位を有するものとして独立宣言と、いくつかの基本法 basic law があります。その一つが「ユダヤ人の国民国家としてのイスラエル」という基本法です(2018年成立)。「基本原則」の第7条にこうあります。「ユダヤ人入植地 JewisSettlement :国家は、ユダヤ人入植地の開発を国家的価値と見なし、その設立と統合を奨励し、促進するために行動する」。憲法的地位をもつ法律にこのように定めてしまえば、政府は入植を進めるのが憲法上の義務だということになってしまいます。この条文そのものが国際法違反だということになるのではないでしょうか。(次号・次々号へ続く)    

(東京大学名誉教授)