修養会全体報告 水上 香里
8月7日
●開会礼拝(石田真一郎さん)
石田先生が語られる「和解」への真摯な姿勢に強く共感する。特に大村 勇牧師の1965年韓国での出来事についてのお話が印象深い。牧師の心からの謝罪に疑心暗鬼だった聴衆がスタンディングオベーションで応えたという。痛みを伴う謝罪は、十字架による和解を体験したキリスト者としての神への献ささげものなのだと知らされた。神への真の礼拝には隣人との和解が不可欠という真理は、個人レベルでも国家レベルでも変わらない。マタイ5章「まず行って兄弟たちと仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい」という言葉が心に反響している。
●和解に生きた先達を語る(片柳榮一さん、安積力也さん)
シンポジウムで、「和解に生きた先達を語る」と題して、片柳榮一さんは澤崎堅造の熱河宣教についてお話しされた。安積力也さんは安積さんの献身を和田正の道を通して語られた。私が共助会員ではなく、それも夏期修養会に2回参加しただけの、共助会の歴史について全く不案内であるということ、そして、あくまでもすべての資料からではなく、シンポジウムで与えられた資料からであることを前提に、率直に感じたことをまず書かせていただく。私は澤崎堅造の殉教ともいえる熱河伝道が、シンポジウムにおいて、「和解」という文脈でどうしても理解できなかった。大東亜の親たる日本に生きる自分がクリスチャンとして神に召され、大東亜共栄圏の中の最も貧しく見捨てられた土地で奉仕するのだという決意は、日本の罪を知って、日本人として謝罪し、和解への道を求めるということではないように思われるのだ。参加した大学生の方が、率直に感じた矛盾を質問され、安積さんはクリスチャンとして生きるとは、それぞれの時代の中で、与えられた条件の中で神の招きを生きることであるという内容のことを語られたが、私の中には今この文を書きながらも、これは「和解の道」なのだろうかという思いが抜きがたく存在する。自分自身のこととして、先達の生き方をとらえなおし、和解とは何か、そして私自身の中にある、罪と和解の道について真剣に取り組んでみたいと思った。
8月8日
●早天祈祷会(光永豊さん)
光永豊さんは、和解について語るための前提となるこころの器がないと感じ、徹底して自分自身と向き合おうとする。心の弱さゆえに、守りの城壁を高く積み、痛みを遠ざけようとすること、そして実は心の奥に自分を特別だと思う傲慢が潜んでいること。和解の障壁となる心のありようにライトを当てようとされる。光永さんが、他者である私たちにその心を開いてここまで証できるのかと、その覚悟と祈りに圧倒された。そして彼が語る心のありようは、私自身が持つ弱さでもあると思った。でもここからしか出発できないのだ。
●感話「今を生きる」(鈴木善姫さん、北中晶子さん)
鈴木善姫さんは「日本の教会に遣わされて」と題されて、波乱万丈の半生をお話しくださった。若き日から情熱的な信仰心で、常に神に一対一で問い続ける。困難に遭われると膝にあざができるほどひざまずき神に問い、神に確信を持たせてくださいと祈る方だ。
東日本大震災で被災し、「神と自分しかわからない苦しみ」を味わい、「他者からの聖書の言葉が頭に入らない」極限状態で、神に怒る。そして「津波に流されたイエスの姿」を見たのである。絶望の真っただ中に、イエスが存在する信仰を見た。私は絶望の中では、神に拳を握るだろうか。神ではないものにすがろうとするのではないだろうか。善姫さんが、韓国から日本に宣教に来られ、私に語ってくださったことに喜びとともに感謝する。
「学生と共に在って」と題し、北中晶子さんは、ICUの牧会者として学生たちと本気で向き合っている日々を語られた。「学生たちから守られる牧師」として、「神様につかわされ」「本当の頭と心で考える」「石の心ではなく、肉の心を持つ」(エゼキエル36章26節)ことを祈りの中で求め、生と死の交錯する若い魂と過ごしている。「共に在る」献身の一つの形は、私の胸の奥底に暖かく沁みていった。
●「韓国の友を囲んで」(べ・チョンヨルさん)
べ・チョンヨルさんは終始笑顔で、海兵隊時代のことや留学のいきさつなどを面白おかしく語ってくださった。トークショーのような巧みな話術に思わず聞きほれてしまった。一方ユーモアを交えながらも、現在の韓国が国家として日本の侵略の歴史を決して忘れないように、国家の祝日や教育の中にしっかりと組み込まれていることを話しても下さった。ここに至る共助会と韓国との信仰を土台とした関わりの中で、このような友好的な関係がもたらされたのだと考えると、日韓の和解は、国家のわだかまりを超えて、このような人格的な交わりからもたらされるのだと痛感させられた。
8月9日
●早天祈祷会(阪田祥章さん)
阪田祥章さんは、韓国との和解に関する会議の場である東山荘で育ち、さらにある日、偶然に知ることになる自らの生いたちを、決意をもって使命として引き受け入れることを証しされた。また、三人のお子さんを持つ女性と結婚し、彼らの父として、苦しみつつ、愛情深く子供たちと向き合っている。阪田さんが期せずして負った責任を、まさに置かれた場所でキリスト者として神に押し出されたことにおいて迷いなく負っておられることに、非常に心打たれたと同時に、自分自身を重ね合わせ、強く勇気づけられた。
●「フィンランドから見た日本」(OEさん)
OEさんは交換留学生として、福祉国家フィンランドで1年学び、『共助』誌の3回目の報告ではネガティブな側面も報告されていたが、若い方らしくパワーポイントを駆使して、やはり日本からするとうらやましさが炸裂するような教育国家ぶりを生き生きと報告された。Oさんの生育史などからの問題意識とフィンランドで学んだことを、どう自分の中に置づけ、これから何を問い続けようとするか、真剣さが伝わって来た。私自身はつい、理想を見ると、現状を容易に絶望したくなってしまう。例えば精神科医として、理想的なベルギーの精神医療と、日本の問題の多い精神医療のギャップを半ば絶望をもって眺めてしまうのだ。理想を求め続けることが祈りの中で許されることを確信し、絶望せずに理想を追い求めてみたいと思った。
●閉会礼拝(飯島 信さん)
「友よ、歩み出そう。キリストが待っておられる」と題して話された。クリスチャンホームに生まれ、学生運動の嵐の中でICU時代を過ごされ、「きけ わだつみの声」に、戦没学徒たちが「人間としての一生を運命の命ずるままに送りたい」と、特攻隊員として命を散らせたことを知り、「自分はこれほどまでに誠実に自己の生と向き合って今を生きているのか」と問い続ける中で、「絶対非戦」の決意をなさったことを語られた。若い日に神に出会っていると、若き日にこのような決意をされるものなのかと、圧倒された。私自は、若い日には狭い自己以外の対象に関心を持つことはできなかった。ようやく遅ればせながら、これから「キリストに導かれて自分の今を生きる」ことで、他者のために生きることを始められそうな予感がある。
●最後に、私は昨年に続き2回目の夏期修養会に参加させていただいたが、参加された方々への尊敬と親愛の念が、より強く湧き上がるのを感じる。どの発言者の言葉も、私の心の奥深くにある扉を叩き、長年閉ざされていた扉は軋みながらもわずかに開かれようとしている。三日間泣き通しだった。共助会の交わりに招き入れていただき、深く感謝する。
(日本基督教団 浪江伝道所会員)
