巻頭言

御言葉にどう生きるか― 北御門二郎(きたみかどじろう)に学ぶー石川光顕

私は、最近改めてトルストイに注目している。彼の作品など学生時代以来久しく読んだことがなかった。しかし、ト ルストイに学びその精神に生きた北御門二郎に関する書物を通して目を開かされる思いを強く持った。それは、憲法施行70年目に、日本は戦争が出来る国への歩みを始めている状況にあるからに外ならない。

北御門二郎は1913年熊本に生まれ、1933年東大文学部英文科を中退。旧制高校時代トルストイの『人は何でいきるか』『イワンの馬鹿』を読み、絶対非暴力、絶対平和主義に激しく心を揺り動かされた。人は人を殺すために生 まれてきたのではないとの確信を強くし、兵役を拒否する決意を固めた。出頭命令を受けると、戦争で人を殺すより、 例え逮捕され銃殺刑にされてもその方を選ぶと決心し、徴兵検査場では、「戦争は罪悪だ。私は兵役を拒否します。日本民族はその非を悔い改めるべきである。直ちに中国の国民に両手をついて詫びるべきである。」と言うつもりだった。

もの言えぬ世相、国中が戦争に熱狂し、流されていく中で、25歳の若者が命をかけて戦うことがどんなにただな らぬことであったかは想像を絶する。所が、そこで「君は兵役に無関係とする」と司令官に言われてしまった。彼のそ れまでの戦争反対の言動等により、精神に異常をきたした者と思われたようだ。兵役を拒否した二郎は非国民、国賊、 殺してやると陰口を叩かれたり、石を投げつけられたりしながら、村八分の状況にさらされた。

敗戦後も晴れた日は耕作、雨の降る日はトルストイを読み、平和を願い絶対非暴力への信念をますます強くしていった。熊本の片田舎で百姓をしながら、トルストイの研究・翻訳に命を捧げる九一年間だった。彼の訳本はトルストイの生き方に自分を重ね、トルストイが涙したところは自分も涙して訳し、その魂を生き生きと読者に伝える名訳であり「心訳」と評されている。彼の生き方の根底となったトルストイは「肉体を滅ぼしても魂を滅ぼすことのできないものを恐 れてはならない」との御言葉の原点に立って生きた人である。私はこの北御門二郎から何を学ぶのか。

北御門二郎がトルストイを通して学び実践したことは、その思想を深く理解し切れるものではないが、一言で言えば 「互いに愛し合いなさい!」これであったと思っている。彼をキリスト者とは言えないかも知れないが、私は〝聖書の 御言葉に生きた人〟だったと思う。

今、私は「互いに愛すること」そして「友のために命を捨てる」という御言葉にどう生きるか問われている。