胸を掻きむしられること(2011年 6号) 片柳 榮一
今度の三・一一の出来事(震災、津波、原発事故)では、私たちが素朴に信頼してきた日本の科学技術体制というものが、如何にいい加減なものであったかを改めて知らされ、慄然とさせられた。原子炉事故を想定するということ自体がタブー視され、世界一の技術を持つと言われたロボットも、原子炉事故用には存在せず、それを装備することは様々な圧力のもとに封じられたという。想定外ということが、如何に安易に、科学的合理性を無視して大手を振るっていたことか。
こうしたことが明らかになる中で、今度の出来事を多くの人々が、第二の敗戦と感じていることを読み、苦い思いで同感した。かつて戦争に突き進む軍部の暴走を内側からも外側からも抑ええなかった。全体としての無責任さは覆うべくもない。同様に、原発がそれほど安全なものでなく、何時事故が起こるかもしれないと漠然と感じながらも、現在の快適な生活の維持のためには、目をつぶろうとしてきたように思う。ここでも全体としての無責任体制は否定しがたい。
前から気になっていたことだが、森有正氏はエッセイ「木々は光を浴びて」(一九七〇年)で、日本人の経験が、個人を定義するものではなくて、複数の人間を定義する体験でしかない(個人が責任を担うのであり、個人を生みださない体験は無責任を結果する)ことについて語り、最後に次のような話を述べている。フランスの若い女性が訪ねて来て、東京での生活の話をして最後に一人言のように言ったという。「第三発目の原子爆弾はまた日本の上へ落ちると思います」。森氏によれば「このうら若い外人の女性が、何百、何千の外人が日本で暮らしていて感じていて口に出さないでいることを口に出してしまった」のであるという。森氏は次のようにこのエッセイを結んでいる。「胸を掻きむしりたくなるようなことが日本で起こり、そして進行している。かの女がそう言ったあと、私は放心したように、大学構内の木々が日の光を浴びて輝くのを眺めていた」。今度の福島での原発事故では、広島の原発の二十発分に相当する放射能が出たと言う。森氏が「胸を掻きむし」られる思いで予感していたことが、やはり現実になってしまったのであろうか。旧約の人々が、アッシリア、バビロンの襲来の出来事を、苦渋に満ちて胸に刻まざるをえなかったように、私たちも今度の出来事を、慄然と見据えてゆかねばならないのであろうか。