今、この時代への応答

「葦の茂みの間に」 説教 金 美淑

新型コロナウイルスによる感染症のパンデミックは、各国の教会の礼拝にも影響を与えています。かなり早い段階で収まったとされる韓国は先週の時点で、全国の教会の礼拝が6割ぐらい再開しており、室内礼拝への正常化に向け慎重な議論を行っているようです。いつのまにか耳になれている言葉は不安、不便、不自由、不愉快、不要不急などの否定語ばかりでなかなか心が晴れない日々です。大型連休にも関わらず、移動が制限され、見えない何かに翻弄されているような不気味ささえも感じられるこの頃です。

「➊3日間だけでも目が見えたら」を書いたヘレンケラーの奇跡の祈りを思い出しつつコロナウイルスの暗闇から早くこの世が見えるようにと願うものです。

今年の青森は4月になってもなかなか気温が上がらず、肌寒い日が続きました。しかし、5月になったおとといからは、だんだんあたたかくなり昼間は汗ばむほど気温が戻りました。春風は八甲田山にも吹いています。八甲田山の雪解け水が山の道路沿いや川へ堂々と勢いよく流れ込んでいます。山の温泉帰りに見つけた出たばかりのフキノトウ(❷)がかわいいこぶしを振り上げています。街にもスギナやナズナ、ツメクサ、ヒメオドリコソウといった野草は約束の時間に来てくれました。コロナという忍耐の冬の中、今日は青森と京都で同時に礼拝をささげている恵みに心から感謝申し上げます。今日に至るまで青森と京都、京都と青森の信仰の旅路をイエスの焼き印を身に受け、祈ってくださった小笠原亮一先生ご夫妻に感謝いたします。信仰と希望と友情、その中で最も大いなる友情を示してくださった佐伯勲先生ご夫妻に感謝いたします。最も小さい者の兄弟となってくださった林律先生ご夫妻に感謝いたします。無邪気ながらも強い信仰の根を張って支え合い、慰め合っているインドネシアの姉妹たちの祈りに感謝いたします。思い起こすたびに神に感謝し、祈る度に喜びをもって祈っている(フイリピ1:3~4)韓国の教会や共助会につらなる先生方と友達に感謝いたします。今、私たちはここで小さな礼拝をささげておりますが、地上や天上の友たちの祈りが大軍団になってともに礼拝をささげており、その賛美の声が山を越え、川を越え、ここにも届いているのです。その感激と喜びを持って今日のお話に耳を傾けたいと思います。

創世記が家族の歴史物語であったのに対し、出エジプト記からは民族の歴史物語に移行します。その橋渡しをしていたのがヨセフ物語で、ヨセフの世代が死に絶えた後、イスラエルの人々は子を産み、おびただしく数を増しました。数が増え、それとともに強くなったイスラエルは、エジプト人にとってはきわめて好ましくないものと思われたでしょう。

そこで対抗措置として、一つは建築と耕作の強制労働にイスラエル人を全員動員することによって自由を制限することと、もう一つはイスラエルの男子の子孫を残忍にもなきものとすることでした。エジプトにおけるイスラエルに対する圧制は、歴史的に信頼できると判断されています。エジプトは古くから独裁国で、そこでは基本的にすべての労働は王に奉仕するものとして、住民のうちの自由人でない者たちによってなされました。肥沃なナイルの国エジプトへ、近隣から、特にエジプトの東北に位置するアジアの端の地域からエジプトに入ってくることが度々生じました。その土地に古くから定住している住民が持つ権利を持たない人々が、紀元前二千年紀の古代オリエントにおいて、「ヘブライ(語源:横断する、渡る)人」と通常呼ばれていました。この呼称は、旧約聖書のイスラエルのエジプト滞在の中で、イスラエル人の口によってもよく使われています。出エジプト記1章16節において「ヘブライ人の女たち」と言われているように「ヘブライ人」という言葉が使われていると、旧約聖書では民族名であるかのように響くことが多く、イスラエル人は旧約聖書の中でエジプト滞在のような特別な状況においてのみ「ヘブライ人」と呼ばれます。エジプトの伝承にもそのような「ヘブライ人」を知っているし、「ヘブライ人」が建設作業に携わっていることに言及するエジプトのいくつかのテクストがあります。紀元前1292年から1225年まで生きたフアラオ・ラメセス二世の一通の手本書簡では、「神殿入り口の巨大な石のために石材を切り出しているヘブライ人」と非常に具体的なことを語っています。エジプトでの厳しい労働については出エジプト記1章11節から14節において次のように物語られています。

 

11 エジプト人はイスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した。イスラエルの人々はフアラオの物資貯蔵の町、ピトムとラメセスを建設した。12 しかし虐待されればされるほど彼らは増えひろがったので、エジプト人はますますイスラエルの人々を嫌悪し、13 イスラエルの人々を酷使し、14 粘土こね、れんが焼き、あらゆる農作業などの重労働によって彼らの生活を脅かした。彼らが従事した労働はいずれも過酷を極めた。

 

この圧制の話は、イスラエル人が実際に「ヘブライ人」の状況に、しかもまさにフアラオ・ラメセス二世の時代にいたことを示しています。11節によればイスラエル人はピトムとラメセスという町の建設を手伝わなければなりませんでした。しかしイスラエル人のその賦役労働というのは、公の事業のために一定期間課せられるもので、個人の所有である奴隷という身分とは異なっていました。レビ記25章39節からの内容がそれを裏付けます。

 

39 もし同胞が貧しく、あなたに身売りしたならば、その人を奴隷として働かせてはならない。

42 エジプトの国からわたしが導き出した者は皆、私の奴隷である。彼らは奴隷として売られてはならない。43 あなたは彼らを過酷に踏みにじってはならない。あなたの神を畏れなさい。

 

とあるように、「酷使」「過酷」という言葉は奴隷に対して禁じられていたと思われるからです。物語で厳しい賦役労働によってヘブライ人の勢力を弱めようとしたフアラオの企みは、実現するどころか反対の結果をもたらし、フアラオは民全体にむかって公然とヘブライ人の男児殺しを命じたのです。そんな中でモーセが生まれました。モーセの誕生は

 

9見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。10今、行きなさい。わたしはあなたをフアラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。(出3:9~10)

 

と言われる神のイスラエルの人々に対する救いが、パピルスの籠から始まろうとしていた瞬間でした。モーセという名前は「引き出す」という意味のヘブライ語マーシャー(出2:10)と結び付けられています。しかしこれはエジプト語メスから派生したもので「子」を意味するものと思われます。エジプトのフアラオのなかには、トト・モーセ、アー・モーセ(アモシス)という名前があります。モーセという名はたぶん最初の神名の部分がぬけたもので、「神、だれだれの息子」という意味であります。物語には生まれたばかりのモーセに名前はなく、三カ月がたってからモーセという名前が名付けられています。モーセはレビ族のアムラムとヨケベドの間に生まれました。両親の名前はモーセとアロンの系図が書かれている6章20節から分かります。6章20節をお読みいたします。

 

アムラムは叔母ヨケベドを妻に迎えた。彼女の生んだ子がアロンとモーセである。(出6:20)

 

母ヨケベドの名前の意味は「ヤハウエは栄光である」という意味で、神への賛美に関係しています。モーセが生まれたころ、周りにはフアラオの命令によって殺された自分の子どもを悲しんでいたお母さんたちがたくさんいたはずです。むしろ彼女たちはヨケベドの妊娠や出産をあたたかく見守り、自ら助けようとしたのかも知れません。モーセは彼女たちの希望の息子として栄光の川へと流れていたのかも知れません。1節には母ヨケベドが赤ちゃんモーセの顔を見て「かわいかった」と書いてあります。この「かわいい」は「体格がよい、美しい、立派」と訳される言葉ですが、自分の子がかわいくないと思う親はいないでしょう。これは人間の目に映る赤ちゃんの可愛さだけでなく、それ以上のものをヨケベドはモーセの顔から感じ取っていたと理解されます。そして彼女はフアラオの命令に従わないで、エジプト人からモーセを三か月の間隠して置きました。生後三カ月になったモーセは生まれたときの体重の2倍となり、体つきはますますしっかりしてきたはずです。視覚も発達し母ヨケベドの顔が分かり、よく笑っていたのでしょう。夕方になると習慣的にたそがれ泣きをしていたのかもしれません。フアラオの娘が早朝に水辺に来て水浴びをしていたことから、ヨケベドはもっと早い時間にモーセをナイル河畔の葦の茂みに置いたはずです。彼女の心には多分自分の子どもを誰かが見つけ、ヘブライ人の子どもであることを知らずに自分の子にするだろう。健康で「美しい」子どもを、かなり確実に殺されることにさらすよりは不確かな運命に任せる方がよいと心からそう思っていたのでしょう。人間は生きるか死ぬかの選択に迫られるとき、不安はあるものの、必ず生きる道を選ぶ生き物です。モーセの誕生は、民全体の運命が一人のモーセに凝縮されているかのようにうかがわれます。深い暗闇の民に神は夜明けのモーセを与えたのです。ついにモーセはフアラオの娘に見つけられます。フアラオの娘は仕え女たちを伴ってかなり大胆にナイル川で水浴びにやってきます。彼女は、残忍な父親とは正反対に、よるべない男の子に人間的な憐れみを持ちます。この子どもがヘブライ人の男の子であることをはっきり知っているにも関わらず、自分の養子とします。モーセは、その後エジプトからイスラエルの民を解放し、十戒という神に生きる道を教える偉大なる宗教的指導者になります。今日の聖書が語っているモーセの誕生物語、その根底にある思想は、偉大な支配者たちやよいことを行う人物たちは、生涯の最初から神の摂理の特別な導きのもとにあり、この神の摂理は、この世の権力者の側からまさに摂理に対して向けられた襲撃を打ち負かす力を持つことが証明されたというものです。なおモーセの誕生物語の特別なつぼとなっているのは、権力者自身の娘が、将来、敵対者となる者を助け、権力者のすぐ近くで成長させるということです。

神を信じ、その恵みに与っている私たちにも、葦の籠に入れられ、御手によって引き上げられた個人個人の出エジプト記があります。私はモーセのパピルスの籠から始まる神のイスラエル民族への救いに恐れを覚えると同時に、母ヨケベドのモーセへの悲しみと嘆きを憐れんでくださった神の愛に感謝するものです。ナイル川の湿地にありふれて生え、何の使いようもないとされていたパピルスが、神の籠となり、ついには神の言葉を書く紙の原料として大きな文明の誕生をもたらしました。神はエジプトの茂みのあるところで重労働に強いられていたイスラエルの民を、憐れみと恩寵のパピルスの籠に乗せ、生きたご自分の歴史を書く偉大な民族にしてくださいました。葦の茂みのあるところ、そここそ神の新しい救いが始まる場所なのです。神はパピルスの籠にモーセもパウロもイエスもそして私たちも乗せて、神の国へ前進させてくださっています。葦の茂みのあるところ、そこに神の恵みは茂っております。ヨケベドとモーセ、イスラエルの民を水から引き上げてくださった原点、私たち一人一人が神と出会った原点は、葦の茂みのところと時でした。それを信じ、神の恵みの陰のもと、希望を賛美するヨケベドのような者でありたいと思います。お祈りいたします!

ご在天の父なる神様!あなたの大きなみ業に感謝いたします。赤ちゃんのモーセを通したあなたの救いの歴史は今も続いておられます。エジプトのナイル川は5月から夏に入ります。モンスーン気候の風で洪水が発生し、氾濫した水は周辺を潤します。そのおかげで、ナイル川周辺のエジプトは古くから豊かな生活に恵まれました。私たち人生のすべてを変えてくださるのはあなたの風です。その風によってのみしか生きる道はありません。パピルスの籠に入れられ、流されている今の私たちの不安や絶望、死にそうな嘆きの上に、あなたの憐れみの風が今日も吹いています。それを信じ、すべてを委ねる確信に満ちた道を大胆に歩ませてください。信じます!委ねます!

この小さな祈りを救い主イエス・キリストのみ名によってお祈りいたします。

アーメン!

 

【参考資料】

➊「3日間だけでも目が見えたら」https://tukasagumi.exblog.jp/29862727/  
第1日目。
まず初めに、ずっと狭い家に閉じこもっていた私を広い外の世界に連れ出してくださった最愛の家庭教師、アン・サリバン先生とお会いしたい。今まで指先だけで触っていた彼女のいつくしみ深いお顔と、麗しいお姿を何時間もじっと眺めながら、それを心の奥深くに刻み込みます。次に、親切にしてくれた友人たちにお会いします。家に帰りいろいろな本や壁の飾りを見ます。そして、森に散歩に出掛け、自然の美しさに我を忘れるほど圧倒されます。夕方にはまぶしく輝く夕焼けを見て祈ります。
第2日目。
夜明けとともに起きて、太陽の輝きが眠っている大地を目覚めさせる壮大なパノラマを見て驚嘆します。午前は、ニューヨーク自然歴史博物館を見学し、神の天地創造から現代に至るまでの地球の歴史を一望します。午後は、メトロポリタン美術館を訪問し、歴史上の偉大な芸術家の絵画や彫刻の数々を心行くまで観賞します。その後は、劇場か映画館に行きます。そこで素晴らしい演劇かドラマを観ます。夜は、宝石のようにちりばめられた広大な夜空の星を眺めます。

第3日目。
また新しい日の出を見ます。静かな郊外にある我が家を車で出て、近くの木や花に囲まれた家々の芝生に戯れる子どもたちを見ながら、さまざまな活動や仕事で活気あふれる市街に向かいます。そこで人々の喜び、笑い、悲しみ、苦悩といった表情を見て、それぞれに共感します。婦人たちのカラフルなドレスや服装を時間が過ぎるのも忘れて眺めます。ショーウィンドに並べられているきれいな品物を見て歩くのに夢中になります。最後の晩も、もう一度劇場に行き、面白い喜劇を見て楽しみます。家に戻り、目を閉じなければならない最後の瞬間に、私は3日間だけでも目が見えるようにしてくださった神様に感謝の祈りをささげ、永遠に暗い世界へ帰っていきます。

➋正式的な学名はアキタブキ。

『あおもり まち野草』

(東奥日報社2019年6月7日発行、村上義千代著10頁による抜粋)

◆その他

  • 『聖書辞典』(新教出版社編)
  • 『ATD旧約聖書注解2』「出エジプト記」(ATD・NTD聖書注解刊行会)
  • 新共同訳『旧約聖書注解Ⅰ』(日本基督教団出版局)
  • 『聖書大辞典』(新教出版社)