随想

【感想】基督教共助会100周年記念韓日修練会の感想 斎田 誠二

今回の基督教共助会が100周年記念にあたる年であり、4年に一度集まることになっている韓日修練会とも重なり、韓国に行くことになりました。私は三度目の参加になります。

今回の話し合いは韓国の共助会がなくなるのではないかという、日本の共助会にとって危機感を持ってのものであり、韓国のみなさんにその共助会の存続を求めるものでした。その説得のために飯島 信先生や佐伯 勲先生や木村葉子先生の熱弁だったと思います。飯島先生は韓国の共助会の始まりを過去の韓国と日本のぬぐいきれない歴史的にもとづいて、日本が韓国に与えた屈辱に耐えきれない事実がありながら、韓国に共助会が出来た成り立ちの話しをしました。和田先生が戦前、京都に留学していた韓国の人たちに聖書の勉強をし、夜を徹して話されたこと、その当時日本人が韓国人に対して差別観念を持っていたことなど。日本人の韓国人に対する侮辱的な態度を乗り越えて和田先生の聖書研究会が持たれたことが、京都大学に留学していた韓国人や中国人と京大共助会、北白川教会での交わりになりました。

そして、戦後、日本で留学していた人たちが韓国に帰り、共助会が創られたことは、これは神がなされた業だとしか思われません。そういった歴史のある韓国の共助会がなくなるのではないかと飯島先生は危惧するのです。先生はこの共助会の存続を望み、韓日修練会が続くことを希望するのです。佐伯先生はその存続を韓国と日本の友情だと言っていました。これが第一日目の話し合いを聞いての感想です。

次の日、ソウル第一教会を訪問して朴 炯圭(パクヒョンギュ)先生(路上の牧師)についての話を聞きました。韓国は朝鮮戦争後、長い間に亘って独裁政権の時代があり、そこから自由と平等や民主主義を望む激しい運動があり、その先頭に立ったのが朴 炯圭牧師であり、路上で説教されることで路上の牧師と言われるようになり、民衆、キリスト者たちの希望の人だと聞きました。そのことで政府の厳しい弾圧があったのですが、それに負けじと戦ったとのこと、民衆、キリスト者たちの英雄だったとの話を聞きました。

次の日、東大邱へ出発して、尹 鍾倬先生が入院している病院への訪問、しかし先生の病状が悪いので会えるかどうかわからなかったのですが、病院に行くと奇跡的に会うことがかない、話をすることもでき有意義な時でした。そして先生の家族との昼食会が持たれ、自己紹介をして、大邱のみなさんとの主に在る交わりを感謝しました。

私にとって今回の修練会は、共助会の存在の意味が分かったような気がしました。