寄稿

ユートピアとしての『フィンランド』を超えて フィンランド紀行3(最終回)  E.O.

クリスマスの日。町はとても静かだ。フィンランドでは、クリスマスは家族と家で御馳走を食べて過ごすらしく、タンペレではなくヘルシンキ出身の友達は帰省をしている最中だ。私はといえば、クリスマス前までヘルシンキにプチ旅行に行ってクリスマスキャロルのバレエを見に行ったりしたが、クリスマスイブとクリスマス当日はアパートで一人静かに過ごした。日本でのクリスマスはいつも家族がいるので、ある意味初めての体験である。

考えてみれば今回でフィンランド便りは最終回だ。前回とその前の二回分ではフィンランドの良いところに焦点を当ててきた。それもそれで良いのだが、まるでこの世のユートピアであるかのような印象を与えてしまったかもしれないと少し気がかりではあった。なぜなら、もちろんフィンランドも例外ではなく様々な社会問題を抱えているからである。今回は、そのような暗い面に着目して私が考えたことを共有できたらと思う。

交換留学が始まったばかりの頃、私はフィンランドのほとんどの人々は英語ができ、ジェンダー平等の状況も世界的に良いといったところだけを見て、短絡的に「移民として住むのにぴったりの国だ」と勝手に思っていた。ところがタンペレの町にある赤十字のボランティアに参加した時のことである。出会った移民の方々の話を聞くところによると、移民としてフィンランドで暮らすのは苦労ばかりで、特に仕事を得るのがとても大変なのだという。

その集まりは英語のグループだったので、その場にいた15人ちょっとの人がみな移民の方々で、ほとんどが「I’m currentlyunemployed」と自己紹介をしていたほどである。その中のポーランドからの移民の女性の話によれば、大学での学位を2つほど持っているにもかかわらず、掃除などの仕事しか紹介されず、何百もの応募をしても未だに仕事が見つかっていないとのことだ。さらに、一緒の授業をとっていたフィンランド人の友達が「フィンランドはヨーロッパでトップを争う人種差別主義の国にランクインしてたと思う」と言っていた。これを聞いた時は自分の耳を疑った。なぜなら私が町にいる限りではあからさまなアジア人ヘイトなどの差別はないからだ。だが、確かによくよく思い返してみると、wolt という日本のUber Eats のようなデリバリーサービスの配達員など、安定していない仕事をしている人のほとんどが有色男性であるなど、構造的な差別があるのだろうと納得した。交換留学生ではなく、正規の大学院生の友達も何人かできたのだが、彼女たちもやっと1年ほどしてアルバイトが見つかったという。フィンランドに交換留学生としてぼんやりと暮らしているだけではなかなか気づけない事実にハッとさせられた。

そしてこれは友達に聞いた話だが、ある時彼女が団体旅行に参加して、みんなでサウナに入ることになった時のことだ。そのサウナはそこまで大きくはなく、10人ちょっとが入って混雑していた状況を見てヨーロッパからのある交換留学生が「国内にたくさんいる移民と同じ問題だね」というようなことを言って笑いが起きたらしい。その友達は自分たちが移民になることは考えてないのだろうかと怒っていた。確かにこの世の中、将来何が起きるかなんて誰も想像ができない。ずっと自分が生まれ育った国で暮らしていくことができるという前提が頭の中にできてしまっているほど、きっとその留学生たちは恵まれた環境で生きてきたのだろう。それは別に悪いことではないが、そうではない人々がこの世界にはたくさんいて、その人たちがどのような思いで慣れない国で暮らしているのか、暮らさなくてはいけなくなったのか想像力が足りないかつ自分たちのもつ特権に無自覚すぎると思った。留学してフィンランドに「暮らしている」とはいえ、確かに私はあくまで長期滞在しに来ている他国からの「お客様」なのかもしれない。だから、積極的に外に出て人々の話を聞かなければフィンランドの社会の状況について知りえないのだと思ったし、ただただ交換留学生として暮らしているだけで、それが他の人に当てはまると思うのは大間違いなのだと思い知らされた。

また他に取り上げたいこととして、フィンランドの少数民族の方たちに対する抑圧的な姿勢がある。これは、私がフィンランドに来るまで全く知らなかったし、思ってもみなかったことだ。去年の9月頃、私がフィンランドで通うタンペレ大学にアレクサンダー・ストゥブ大統領が来たことがあった。(因みにフィンランドには大統領と首相の両方がいるが、大統領の方が外交、首相の方が主に内政を担当し前者の方は後者に比べてあまり権力はもっていないそうだ。)その時彼は、これからの新しい世界の秩序についてのスピーチをした。彼は全体的に世界各国で協力していくことの大切さを説いていたように記憶しているが、ある時次のようなことを口にした。「フィンランドは植民地主義や帝国主義の歴史がない。だから、多くの国と協力するにはとても良いポジションにいる」と。それを聞いていた時私はそれを聞き流してしまっていた。

だが、先学期受講していた平和の脱植民地化といったような題名の授業でそれについての映像をつくるグループプロジェクトをした際、あるグループがストゥブ大統領のその発言について取り上げた。そしてフィンランドが現在も北の方に住むサーミという少数民族の土地を奪い、観光地や環境問題対策のための風車などを建てようとしていることなどが紹介された。ストゥブ大統領の発言が本当ではないことが克明に示され、私の中で彼のイメージが小奇麗で若く感じの良い大統領から、ただの偽善者へと変わった瞬間だった。

サーミという少数民族がいるということは、スウェーデンのストックホルムにある北方民族博物館に行ったときに初めて知った。彼らはノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北とロシアの一部でトナカイを放牧しながら暮らしてきたという。そしてその後12月初旬にラップランド(フィンランドの北の方の地域)旅行に参加したときに学んだのはこのラップランドという名の意味が「サーミ人の地」という意味だということだ。私はこの団体旅行の自由時間を使ってサーミについての博物館にも行ってみた。そこにあった説明書きによれば1945年戦争が終わった後、破壊された町や経済などを建て直していくために、フィンランドでは「one nation, one people, one state」というようなナショナリズム政策が開始されたのだという。そしてその政策の下、フィンランドはサーミの人々に対して「フィンランド人になる為の」同化政策を行ったのだという。例えばサーミの言語を学校で話すことが禁止され、伝統的な衣服を着ていると馬鹿にされ、また同化政策に従わない者に対しては暴力も使われた。

このサーミとフィンランドの関係性に関して全く一緒ではないかもしれないが、日本における沖縄と所謂「本土」との関係性と似ているところを感じた。沖縄が日本の一部になる前、日本も琉球の人々に対して同化政策を行い、琉球の文化や言語を否定した。そして現在は沖縄が日本の全体面積の約1%しか占めていないにもかかわらず日本にある米軍基地の約70%という負担を強いられている。しかしそのことに関してはあまり表では議論されず、「本土」からの人々は、「トロピカルアイランド」、まさに夢の観光地としての沖縄を消費し続ける。サーミ族とフィンランド、沖縄と「本土」には、歴史的な抑圧と同化政策、そして現在の社会における抑圧的な扱い等の共通点が見られる。「この問題を解決するには」なんという短絡的なことはあまり言えない。しかし言えることは多くの人が、特に抑圧する側の集団に属しているにも関わらずそのことに対して無自覚である人々が知り、更にそのうえで見ないふりをすることをやめなければならないということだ。

最後にフィンランドのジェンダー平等について少し書いてみたい。もちろんフィンランドでは、日本よりも女性の職場での活躍や政治家が多いのは本当であるし、子育てのサポートもあるのも本当だ。だが、フィンランドでは「既にジェンダー平等は達成されている」といった言説に基づいてフェミニズムの必要性を疑問視する保守的な政党や人々がいるのだということを授業で読んだ論文で知った。当たり前の話だが、ジェンダーギャップ指数などのランキングが高いこと=ジェンダー平等が達成されたというわけではない。フィンランドでもまだまだジェンダーによる職業の分離や給料の男女差、また家庭内の家事育児の分担も問題となっているということを学んだ。統計や数値に示されることだけがすべてではないということだろう。

北欧、特にフィンランドと聞くと、多くの人が「ジェンダー平等」「福祉国家」「幸福の国」といったポジティブなイメージを思い浮かべるのではないだろうか。これらのイメージは決して間違いではないし、統計や国際的な評価が裏付ける面も多い。でも、実際にフィンランドで生活してみると、そうした表面的なイメージだけでは語り尽くせない現実や課題にも気づかされる。でも、こういった社会に存在する問題について考えることは正直体力がいる。ましてや今の時代、自分のことで精一杯という人も多いのではないかと思う。私もただおいしいものを食べて可愛いムーミングッズを買って友達と遊んで、ということだけをしたくなる時もある。しかし、やはりそれは「見て見ぬふり」であってそれをしても何もなく暮らしていける特権を行使しているということである。だが私は、自分の特権を無自覚に行使する存在ではなく、現実を直視し、そこから学び、行動する人間でありたい。そのことに、フィンランドでの交換留学生活が気づかせてくれたのだと私は思っている。(国際基督教大学4年)