差別されないという権利【ベルギー便り3】 林 香苗
ベルギーは、1960年代には労働力不足を補うため積極的に移民を受け入れていましたが、70年代の不況で失業率が高止まりしてからは移民制限に舵を切りました。私が住むフランダース地域では、90年代から右派政党が台頭し、現在に至るまで移民の社会的統合は選挙における重要な争点となっています(Xhardezand Westerveen)。
2004年に移民統合プログラムが始まり、EU外からの移民の受講が原則義務付けられました。プログラムの構成は、(1)現地語の習得(日常会話レベル)、(2)ソーシャルオリエンテーション(社会規範や医療、福祉、教育、交通、仕事等に関する知識習得)、(3)職業安定所への登録及び必要に応じた訓練、(4)地域社会への参加(ボランティア等)です。
私は現在、ソーシャルオリエンテーションの授業を受けています。この授業で最も強調されるのは、価値、権利、義務です。人権の尊重(価値)、ベルギーは福祉国家であり市民は困ったときに支援を受ける権利があること(権利)、福祉国家を支えるために助け合いの精神と納税が重要であること(義務)が説明されます。移民はこれらの価値観と制度を尊重するように求められており、非ベルギー人に西洋的価値観を押し付けていると批判されることもあります(Walker)。
この授業のうち、差別に関する単元が興味深かったです。出生、人種、性別、障がいによる差別といった日本でも馴染みのある差別概念のほかに、ベルギーでは年齢、外見、病気による差別や、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)を侵害する言動も罰則を受けるおそれがあります。
この国では、人々は自由を楽しんでいるように見えます。年配の女性がミニスカートを履いている姿は日本ではなかなか見られない光景ですし、職場でTシャツやノンスリーブを着るのは珍しいことではなさそうです。また、ベルギーでは中絶は権利だと教えられ、女性の5人に1人は中絶経験があるとのことです。費用の大部分が健康保険で賄われるため、自己負担額は4.5ユーロ(約820円)です。予期せず妊娠した女性をサポートする機関であるDe LUNA abortuscentra のホームページには次のように書いてあります。「人生で計画しない妊娠を経験しないためには、多くの努力と小さな幸運が必要です。」と(CIJFERS &Feiten over Abortus)。中絶は社会的かつ個人的な事柄です。当然ながら個々の事情は異なりますし、選択には大きな痛みが伴います。だからこそ、どの選択をしても精神的・経済的に責められることのない空気の醸成と制度設計が試みられ、当事者が被る不利益の最小化が図られているようです。
このように、年相応という考えは差別的、服装による自己表現は人権、不健康そのものを目的として不健康になった人や中絶をしたくて妊娠する人はいないのだからバッシングはすべきでないという価値観は、私の心にすーっと入ってきました。もちろん現実は理想通りではなく、差別があるがゆえにこの単元が教えられ、通報窓口の紹介がされるわけですが。
差別について考える中で、日本で生活をしていたときには、自由と引き換えに差別的な視線を甘受すべきであるという空気を感じていたことにも気が付きました。
確かに自由と責任は両輪です。その社会にDat folk moet herleven(人々は復活せねばならない)おけるTPO(時間・場所・機会)をわきまえない服装をするのであれば、変な目で見られるのは当然です。
し、高カロリーの食生活をするならば、肥満や不健康になるのは致し方ありません。しかし、たとえこれらの非合理に見える行動があったとしても、個人の人格に対する誹謗中傷や差別は正当化されないはずです。「どのような理由があったとしてもこの社会は差別を許さない」というメッセージを掲げておくことは重要だと思います。差別を受けることを予期するがゆえに個人が自由な言動を控える状況では、自由という権利が守られているとはいえません。
私の経験に基づくにすぎませんが、日本では、人は適切に知識を身につければ人権を尊重するという前提のもと、教育・啓発までが社会の役割で、実際の行動は個人の責任に委ねられていると感じます。他方ベルギーでは、教育・啓発に加えて、差別者に対する罰則と被差別者に対する補償及びエンパワメントも社会が担う制度設計になっているようです。今後、制度の背景にある文化や歴史についても調べてみたいです。(日本基督教団 松本東教会員)
参考文献
CIJFERS & Feiten over Abortus, De LUNA abortuscentra,abortus.be/over-ons/cijfers-feiten/. Accessed20Oct. 2025.
Walker, Lauren. “Understanding Belgium: Is CivicIntegration Mandatory for All?” The Brussels Times,17 July2023, www.brusselstimes.com/575336/understandingbelgium-is-the-integration-trajectory-mandatory-for-all.
Xhardez, Catherine, and Laura Westerveen. “Migration andMigrant Integration Policy in Belgium: Western Europe.”Bpb.De, Bundeszentrale für politische Bildung, 22Apr.2024, www.bpb.de/themen/migration-integration/regionalprofile/english-version-country-profiles/544712/migration-and-migrant-integration-policy-in-belgium/.
