『切手で巡るキリストの生涯』 『切手で巡る世界の音楽家たち』 松浦 剛
最近のこと、文庫本2冊を手にする機会があった。
その2 冊とは、
①別役実著『思いちがい辞典』(ちくま文庫、1999年)、
②『ギッシング短編集』(岩波文庫、1997年)である。
意外 なほど興味深かったので、思わずひざを打っては喜んでしまった。
①の辞典であるが、親見出し60のうちの1つに蒐集癖が あった。その解説文によると、コレクターと呼ばれる人は何 かをひとまず集め始め、コレクションを増やすことに身を委 ね、それらが何に役立つかを一部の人は考える。ほとんどが 役に立たないままとなり、まれには活用されることがあると のことである。
②の本の中に、「クリストファーソン」という作品が あって、その小説の主人公というのが、食費を削ってまでし て本を買い漁る男で、求めた本にうずまって収拾がつかなく なっている姿を描く。まさにコレクションが役立たないばか りかコレクションで本人も妻も身を亡ぼす寸前となっていた。
2冊の文庫本を楽しんでいるところに、大島純男氏編集・ 監修『切手で巡るキリストの生涯』と『切手で巡る世界の音 楽家たち』についての書評依頼が来た。書くことを引き受け たので、その日のうちに二冊を手に取ってみた。
本の扉の次のページに切手コレクターの岡本光造氏と、本 書の編集・監修者大島純男氏のプロフィールがカラーの顔写 真付きで紹介されている。岡本光造氏(1925―2012)は 大阪府庁に勤務された公務員であるが、眼差しにはコレクター らしいものがうかがえる。切手コレクションを増やすことに 身を委ねられた方のお姿がそこにある。
一方、大島純男氏(1948〜)は大阪キリスト教短期大学 神学科と同志社大学神学部を卒業後、日本基督教団牧師を長 年にわたって務め、最後の10年間は愛知県下の南みなみやま山教会で 奉職され、昨年隠退された方である。この方のお顔も教会に 仕えられた牧師らしい温和な表情であるが、切手コレクター の集めた切手類を活用せずにはおかない目つきをされている。 別所 実が著書の中に記している「まれには活用されることが ある」事実を証明したのが大島純男氏ということになる。
さて、『切手で巡るキリストの生涯』の装丁・ブックデザ インは三輪義也氏、印刷は(株)近藤印刷の近藤高史氏、協 力は日本聖書協会という人たちがそれぞれ専門家として本 造りをサポートしている。この本に収録されている切手は、1937―1988年に、イギリス、フランス、ドイツ、スイス、 オーストリア、スペイン、イタリア、ベルギー、ヴァチカン、 ソ連、チェコスロバキア、ニュージーランド、ハンガリー、ギ リシア、アメリカ、オーストラリア、アメリカ占領下の琉球、 イスラエル他の国々で発行されたものである。
どのようなテーマで「キリストの生涯」が紹介されている のかは大切なことである。アダムの誕生、受胎告知、ベツレ ヘムへの旅、降誕、羊飼いたちへの告知および礼拝、東方の 占星術の学者たちの旅、聖母子像、幼児奉献、エジプトへの 逃避、神殿のイエス、イエスのバプテスマ、荒れ野の誘惑、 サマリアの女、良い羊飼い、弟子たちの召命、キリストの姿 が変わる、受難、弟子たちへの洗足、最後の晩餐、ゲツセマ ネの祈り、十字架上のイエスと死、復活という具合に展開さ れる。ダ・ヴィンチ、デューラー、エル・グレコなどわが国 でよく知られた画家の作品が切手になっていて、あちこちの ページに親しみを覚える。クリスマス、宗教改革者、母の日、 聖地の植物のページもあって心なごむ。惜しいのは、目次か 索引があれば利用するのに格段に便利になったことと思われ る。
次に、『切手で巡る世界の音楽家たち』であるが、デザイナー、 印刷者は前著と同じで、本の体裁とサイズとページ数もピタ リと一致していて見事である。前著と比べて著しい進化が見 られる点が2点ある。第1は目次が付き、バロック音楽、古 典派、ロマン派、国民楽派、近代というように分類した上で 八十六人の音楽家の名前を見通すことができる。第2はドイ ツ文学者小塩 節氏の寄稿がある。この文章を読むだけでもこ の本を購入する価値がある。
季刊雑誌『礼拝と音楽』(日本基督教団出版局)が1974年 の創刊号から現在の一六四号までキリスト教音楽家11人の 特集を組んできた。
①バッハ、②ヘンデル、③シュッツ、④ メンデルスゾーン、⑤ブクステフーデ、⑥ブラームス、⑦ハ イドン、⑧モーツァルト、⑨ヴォーン・ウィリアム、⑩バード、 ⑪パーセルである。『切手で巡る世界の音楽家たち』では、⑤ と⑩と⑪を除いて他はすべて収録されている。
収録されている切手は1922〜1987年で、発行国は、 イタリア、ドイツ、フランス、オーストリア、モナコ、ベル ギー、イスラエル、ザール、チェコスロバキア、ソ連などで ある。滝廉太郎(1875―1903年)、山田耕筰(1886ー 1965年)というような日本人音楽家の切手もあってもよ かったと思うが、残念ながらコレクションの中にはなかった 模様である。 (日本イエス・キリスト教団 名古屋教会牧師)
『切手で巡るキリストの生涯』
(B5判・100頁、2013年12月25日発行 自費出版 税込1500円)
『切手で巡る世界の音楽家たち』
(B5判・100頁、2014年12月25日発行 自費出版 税込1500円)