2025年度京阪神共助会修養会報告 下村 喜八
今、日本も世界も大きな試練の時にあることは、誰もが抱いている共通認識であろう。趣意書にもあるように、世界は、先の見えない暗がりのなかに迷い込み、その中で暴力と欺瞞が渦巻いている感である。この暗がりのなかで絶望するのではなく、キリスト者として何が求められているのかを知り、その求めに応じて生きたいと念じつつ参加した。
語られた内容については各担当者の記事に委ね、ここでは、筆者の印象に残ったこと、関連して考えさせられたことを記したいと思う。講演で片柳兄は、戦後80年は、侵略という歴史の陰、つまり他に対する尊敬と信頼の関係を欠いた歴史を生きていたことになると語られた。同感であるが、この問題については後にも触れたいと思う。次いで「今の時代をどう見るか」に関し、兄はアメリカの社会学者イマニュエル・ウォーラースティンに触れられた。1981年にソ連が崩壊したとき、ほとんどの人はフランス革命に始まるリベラリズム、そして新しい資本主義の勝利を確信した。しかしウオーラースティンは日本での講演で「これから50年、混乱の時代がやってくるだろう」と語った。ちなみに故田中邦夫兄はこの講演を聴くために東京から京都に駆けつけたとのことである。この予言とも警告ともとれる言葉を聞いて、筆者は第二次世界大戦後間もない1947年にラインホルト・シュナイダーが語った言葉を思い起こした。「やむことのない憂慮のあまり、すでに述べてきたことを敢えてもう一度繰り返したい。アドルフ・ヒトラーとわれわれの対決は終わっていない。また終わりえない」。二人の洞察はどこからくるのであろうか。前者は社会科学、政治・経済史、地政学等の研究からえた世界全体を俯瞰する巨大な視野をもっている。後者は深い信仰に裏打ちされた人間理解と出自からくる国際感覚、そして幅広い膨大な読書によってえた慧眼をもっている。田中兄は京阪神修養会のために「奥田先生とウオーラースティン」というタイトルで講演の準備をしていたが、病に倒れて果たせなかった。彼は、私たちに求められているのは、共助会の先達たちの真実な信仰に加えて社会科学的教養であると語ろうとしたのであろうか。
シンポジューム担当者三人の発表は、実によく準備されたもので、興味深く拝聴した。高橋伸明氏は、戦中・戦後の具体的な出来事や言動をあげるなかで、戦後の80年は平和な時代と見えるが、過去との向き合いが不十分で、なぜ信仰が権力に屈したのかが突き詰められていないと語られた。筆者もまったく同じ思いである。また現代の問題として、格差、貧困、武力による防衛、異なる者の排除等を指摘された。携わっておられる介護の仕事の経験から、「小さくされた人々と共に歩むこと」の大切さを訴えられた。深刻化する高齢社会の指針となる言葉であり生き様であると思われる。
伊藤孟氏は、大学院の博士課程でハンナ・アーレント(1906―1975)を研究しておられる。お話しを聴いていて、知識が豊富で、また人の関わりや実践を通して社会の現実を具体的に良く知っておられるとの印象を受けた。氏はまず、人が他者と向き合い交わることは本来喜びであることを強調された。しかし現実はそうではなく、人は他者に不安をいだき、差別し、排斥し、さらに抹殺しようとまでする。その原因をさまざまな視点から提示された。自己を絶対化し、自己の立場から他者を「解釈」する。こうあるべきとする尺度、いわば社会の規範が差別と排除を生み出す。時に、コミュニケーションの様式が違うに過ぎないのに、自分と異なる人に不安を覚え、排斥する。たとえばコンビニで働く外国人の名札には出身国が書かれている。外国籍という理由だけで差別されているのである。「解釈」せずにありのまま受け入れることが大切である。このような氏の問題提起の底に、キリスト教の信仰に基づく生命の尊厳および「喜ぶ人と共に喜び、悲しむ人と共に悲しむ」倫理が伏在しているように感ぜられた。ついで、アーレントの「唯一性」「差違」「複数性」「活動と言語」等の概念を解説しながら「他者と共生する喜び」について語られた。お話を聞きながら、筆者は次のような想像をふくらませた。神の語りかけに応える者として創造された人間は、心を尽くし、精神を尽くして愛(アガペー)なる神を愛し、同時に、隣人を愛することによって人格性が回復され、生きる意味と喜びを与えられる。この神の似像としての人間の定めから神を取り除き、もっぱら悟性的に表現するとアーレントの言説になるのではないであろうか、と。
山本精一氏は、今の世界を「反転する社会」と表現された。寛容、民主主義、少数者の意見の尊重から、プーチン、ネタニヤフ、トランプ等、自分と異なる者を抹殺する権威主義、自国の利益の追求、国際法の無視へと反転し、その底の底まで行き着いたと。また、私たちに問われていることに関し、「どこから問われているのか」と問い直し、「世界の下から問われている。小さくされている人々から問われている」と、高橋氏の視座とも通じる重要な視座を示された。そして在日朝鮮・韓国人との学びの場に参加された経験から、「この80年は戦後と言えるのか」という問を吐露された。首相による靖国参拝の問題、戦後補償の問題がある。ノーベル平和賞授賞式での田中煕己氏の言葉を紹介された。「日本政府は、79年間被爆者・死者に対する補償はしていません」。さらに例示として大江健三郎に言及し、福祉と共生の問題に触れ、弱さの受容と共苦の重要性を強調された。特に印象に残ったことは、現代社会を領している「他者に対する恐怖」「無関心」「自己への閉じこもり」「没他者性」を、手の施しようのない「岩盤事実」と表現されたことである。筆者は、この問題は教会にも忍び込んでいるのであろうかと自問しながら聞いた。氏が語られたように、床にぶっちゃけてしまった豆を、一粒、一粒、「弱さの受容と共苦」の指で拾い集めるしかないのであろう。
片柳氏は、戦後80年を「陰の時代」と表現され、高橋氏は「過去との向き合いが不十分で、なぜ信仰が権力に屈したのかが突き詰められていない」と語られ、山本氏は「この80年は戦後と言えるのか」と問われた。この問題に関し、日本とドイツの歩みを比較すると見えてくるものがある。(一)第二次大戦中に日本では抵抗運動がほとんどなかったが、西ドイツでは戦後アデナウアーからブラントまでの5人の首相のうち一人を除いてすべて反ナチ抵抗者であった。彼らは屈辱外交と揶揄されながらも、謝罪と賠償の外交を進めた結果、イスラエルおよび被侵略国との間に友好関係が築かれていった。(二)東京裁判に相当するものはニュルンベルク裁判である。両裁判については、法的根拠および中立性の欠如という点から無効であるとの批判が根強い。ちなみに靖国神社のA級戦犯合祀は、東京裁判を否定し、大東亜戦争を正当化する歴史認識に基づいている。ところがドイツでは、ニュルンベルク裁判とは別に、国民自身の手でナチスの犯罪を裁く裁判が実施されているのに比し、日本では戦犯を裁く裁判は行われていない。戦争の責任を取らされた人も自ら責任を取った人もいない。「他に対する尊敬と信頼の関係を欠いた歴史を生きていた」ことになる。懇談会で安積力也兄は、日本に住むフランスの若い女性が「第三発目の原子爆弾は日本の上に落ちると思います」と語るのを聞いて森有正が絶句した文章を紹介された。「胸を掻きむしりたくなるようなことがこの日本で起こり、そして進行しているのである」(森有正『木々は光を浴びて』)。
(日本基督教団 北白川教会員)
