具体的な「自己」で向き合う~韓国訪問を通じて~阿部信之介

2019年10月末から2週間ほど韓国を訪問しました。旅程は1週間ソウルに、その後は水原、洪城そして天安へといったもので、目的は「日本」の「韓国」に対する加害や具体的な「韓国」を知りたいというものです。途中、共助会の会員である金美淑さんから紹介された堤岩教会の姜信範牧師とも出会うことが出来、さらに独立学園の卒業生である長谷川希世さんのいる洪東面にあるプルム学園にも訪問出来たことは感謝でした。

私は、ある時から、私自身に語りかけそして告発してくる「他者」を感じていました。その一つが「韓国」です。「責任をとれ」という声が、常に私の内で響き、どのようにその声を受け取ればよいのか分からず悩んでいました。答えを出せない私は、「戦時下の行いは私がやった事ではない」といって、その問いかけから目を逸らしていました。しかしそれでもその答えに満足することはできませんでした。だから「韓国」は私にとって、複雑な気持ちを抱かせ、避ける対象でした。

大学では政治学と哲学を学び、その中で「他者」は重要なトピックとしてありました。その中で二つ出会った考えがあります。「責任(responsibility)」と「立場(positionality)」です。「責任(responsibility)」とは「他者」からの問いかけに対する「応答可能性(response +possibility)」であるというものです。そしてその「他者」から問いかけられる者とは、決して抽象的な私などでなく、具体的な「自己」でしかない。「立場(positionality)」とは「男」に対する「女」や、「キリスト教徒」に対する「イスラム教徒」といったように、問われている次元において占めている位置のことを指します。もちろんそれぞれが峻別されているわけではありませんが、決してその「立場」からの「責任」を回避することはできません。

このような考えからもう一度、「韓国」からの問いかけを受ける「自己」を捉えなおしてみれば、「日本」という「立場」で応答する「責任」がありました。いくら私は「日本」が好きでないと言っても、「日本」人として恩恵を受け、「日本」国籍をもち、「日本」のパスポートを所持して、「日本」における選挙権を持っている点で、私は「日本」人です。さらにこの「日本」人は明らかに、「在日」や他の国の人々対して特権的「立場」を占めています。そしてこの「国」という次元において、「日本」からの差別や圧を受けている人を知っています。それを解消できるのも、過去の過ちを認めることができるのも、「本」という「立場」を持った私であり、それは他の「立場」(例えば、「韓国」や「中国」など)では決し担えない「責任」です。韓国に行った理由は、この「自己」に対する「他者」の問いかけを聞き、「者」を知りたいと思ったからでした。

ようやく「韓国」での経験について語るのですが、ここでは一つだけ取り上げます。韓国ドラマの撮影や観光名所としても人気のある景福宮の近くには日本大使館が建っています。椅子に腰を掛け大使館を見つめる少女の銅像は慰安婦像(statue ofpeace)として知られ、その前には水曜デモと呼ばれるデモがその名の通り、毎週水曜日に行われます。「慰安婦」問題とは、1991年に金学順さんが元「慰安婦」であることを名乗り出たのを契機に、次々と元「慰安婦」が名乗り出て証言をし、日本政府そして日本政府に「責任」を取らせない韓国政府を告発して国際問題へと発展したものです。そもそもここでいう「慰安婦」とは、その定義から論争になっているため、それらを詳述する力を私は持ちませんが、大まかに言えば、アジア・太平洋戦争期に植民地とされていた「朝鮮」で「強制」連行され、日本軍の「性的奴隷」として扱われていた「少女」たちのことです。水曜デモは元「慰安婦」の告発を受けて、支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」が主に担って1992年から始まり、2019年で1400回を数えるほど継続的に開催されています。水曜デモの参加者の多くが小学生から大学生までの若者で、他にもシスターや30、40代の人たちがいました。聞くと以前は元「慰安婦」のおばあちゃん(ハルモニ)も参加していましたが、高齢化とその多くが亡くなっている為、デモは次世代の人々によって担われているとのことです。

参加していて多くの告発が心に刺さりました。まずこの問題が決して国の利益として出てきたものでなく、一人ひとりの「個」が被った苦痛からの告発であるということ。「慰安婦」問題は、政治的問題として国家間で取り扱われ、歴史認識を巡って論争が繰り広げられています。しかしこれはもう一度言うように、「個」の受けた苦痛からの告発であり、当然その「個」には寿命があり、いつまでも論争の種としてくすぶり続けさせるわけにはいきません。永遠の哲学的命題でなく、タイムリミットのある告発です。さらにはこの告発は決して、内容のない空虚な言葉ではなく、そこには生々しいグロテスクな「性的奴隷」としての被害があります。そのような「個」からの告発を「個」としての「自己」はどう受け取るかが問われています。

ではただ彼女らの「個」としての苦しみに対し、共感を寄せるだけでいいのでしょうか。水曜デモに参加しながら、私は支援者の人たちと一緒に、韓国の日本大使館前で抗議デモをすることができませんでしたし、すべきでないと思いました。なぜならその「個」の受けた苦痛は、「日本」という「国家」によってもたらされたものだからです。共感を寄せて、その先にある連帯は決して、同じ地平線上にあるのでなく、それらの告発を「日本」人として受け止めることでしかありません。ですから「韓国」からの告発をこの「自己」が受け取る時、「個」という側面だけでなく、「日本」という側面でも受け取らざるを得ないものでした。

そして最後に、この告発に応答すること(=「責任」)は、過去の過ちや苦痛を被った「個」に対してだけの問題ではありません。それは将来生まれてくる人々や、これからこの国で、この世界で生きる人々にとっても重要な問題です。歴史や過去にあった過ちを認めず無かったことにし、さらにはその「他者」に対しても無関心であることは、排外主義的自己(自国)中心主義となって、同じ惨憺たる歴史を繰り返します。君が代・日の丸法制化、安保法制、共謀罪、教科書問題、天皇制擁護の言説など、既に多くの反動的現象が現れています。マルティン・ニーメラーの言葉は言い古されている感がありますが、決して過去のドイツにだけ当てはまるものでなく、普遍的であると同時にかなり地味な、そして重要な意味がそこにはあります。「問う」ことや「知る」こと、「考える」こと、「出会う」ことは、「責任」への第一歩だと思います。そして、大局的に政治を観察し、現状をよりよくするために、選挙に行き「投票」することは、非常に重要な「応答」です。

水曜デモに参加した時、多くの若者が街頭を埋めていました。それは一時的なものでなく、毎週水曜日に行われ、流行ではないが皆が知っているシンボルの曲を歌って踊っている姿に救われる気持ちがしました。

正直ほとんど「韓国」訪問の報告でなく、私の「他者」(特に「韓国」に関して)に対する向き合い方、そして「慰安婦」問題の説明や考えに大半を使ってしまいました。言い足りないことは相当ありますが、どうしてもこれらの問題を語る時に、私の視点と具体的な「他者」に触れずに語ることはできませんでした。現在の日本社会を覆う空気には、「他者」の欠如を感じずにはいられません。反中や嫌韓は論外ですし、香港のデモに対する共感の言説や北朝鮮に対する言説も「他者」を欠いているとしか思えません。沖縄、福島、アイヌ、韓国、北朝鮮、中国、香港、台湾(外省人、本省人)、ヴェトナム、イラク等々、多くの「他者」を真に認識し、「自己」の在り方を変えていく必要があります。(明治学院大学学生)