寄稿

出会いの確かさ― 「入会式」並びに、裵貞烈(ベチョンヨル)先生家族との関わり 石川 光顕

神様に備えられた出会いは執り成し祈り合う関わりを創出します。

Ⅰ 裵貞烈先生を共助会に迎えることは、私の長年の祈りの課題でした。昨年裵先生からの申し出があり、この3月に大テ 田ジョンの韓南(ハンナム)大学をお訪ねし、「入会式」が備えられました。その時の喜びの報告をします。今回の旅は、飯島 信氏、李相勁(イサンキョン)氏と私の3人でした。

 ① [入会式前夜]3月28日、ソウルから新幹線で約1時間の大田(テ ジョン)広域市に着きました。駅では裵貞烈氏が出迎えてくださり、再会の喜びの中、私たちはホテルに向かいました。その夜は、裵 貞烈氏、奥様の李 秀炅(イスーキョン)さんからおもてなしを受けました。

 ② [入会式当日]中身の濃い忙しい一日でした。朝7時半位に裵先生がホテルに迎えに来られ、韓南大学内での教職員の祈祷会に出席しました。10数名の出席者で、その時にお話をされたのが、今号に書いてくださった郭魯悦先生でした。サバティカル休暇で英国に行かれたときのお話でした。何人かのお祈りの後、飯島氏が祈られて終わりました。

その後、9時からチャペルにおいて献げられた礼拝に出席しました。礼拝の「式次第」の【イベント・お知らせ】の中に、しっかりと「日本共助会所属牧師・長老」として3人の名前が記され礼拝後に紹介されました。終わった後、総長から是非午後に総長室に来てください、と声をかけられました。祈祷会といい、礼拝といい裵先生の用意周到な準備の中に入れられていたことを改めて知りました。昼から始まったチャペルをお借りしての「入会式」には日本語学科の先生方がそろって出席し、花束を添えて祝ってくださいました(前頁写真)。

その後の、牧師先生方数名との懇談会も設定してくださっていました。さらにまた、裵先生の受け持っている日本語学科の4年生8人との話し合いが出来たことも嬉しい一コマでした。もちろん日本語での対話で一人ひとりの進路を聞くことが出来ました。日本のアニメが人気であるとのことでした。

最後のプログラムは、午後3時からの総長との懇談でした。祈祷会、牧師との懇談会、総長との懇談、いずれも当然ながら「基督教共助会」とは、そして韓国との和解の歴史等を簡潔ながら丁寧に飯島氏が説明しました。その中で、共助会員である朴錫圭(パクソッキュウ)牧師はイクヮンソブ総長の連れ合いのお父上であることが分かり、大変な驚きの内に神の摂理であることを知らされました。

Ⅱ 裵貞烈氏との出会いについて記します。

1 裵 潤智(ベユンジ) との出会い

私は2006年、都立国際高校の嘱託となり3年間勤務をしました。当時国際高校は〝国際〟の名が示す様に、帰国子女を初め、中国、韓国、台湾、フィリピン、そしてアフリカ系フランス人、北欧の王子もいました。

その中に裵貞烈氏の長女、裵潤智(ベユンジ)もいました。彼女が2年生の終りに、私は一冊の本『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』(歴史教育研究会[日本]、歴史教科書研究会[韓国]【明石書店】2007年発行)を彼女に貸しました。この本は丁度この年に発行され友人の田中暁龍(としたつ)氏から頂いたものです。彼は現在桜美林大学教授で、かなり後ですが、1か月ほどご夫妻で韓国での語学研修の折、私の紹介で大田を訪ね、裵先生と関わりを持つことになります。この本はタイトルで分かるように日本と韓国の歴史の先生方が、話し合いを重ねて共通の教材を作る作業をして、10年間かかったと言われています。日本側は、東京学芸大学に関わる先生方20名ほど、韓国側は、ソウル市立大学校国史学科の先生方20名ほどです。私がこの本を極めて興味深く読んだ理由の一つが、「先史から現代まで」を網羅して書かれている点でした。2019年には続編とも言われる同名の本で副題が「調べ・考え・歩く」というものも発行されました。田中氏はこの本の責任者でもあります。この本をユンジに貸したことにより、彼女との関わりが深まり受験勉強のサポートをするようになりました。

2.裵太郎(ベテラン)との出会い

2010年春、:ユンジの紹介で来日した兄のテランと出会いました。彼は兵役を終えて大学入試に失敗し、日本に来ました。一年間新宿の喫茶店にて週一位の割で数学を教え、翌年、専修大学商学部に合格、卒業して、今は日本で、「オークション会社」に勤務しています。なかなか礼拝には出席できませんが、調布教会の会員です。私は日本での父親代りをしています。

3.調布教会での交わり

ユンジもテランも調布教会教会学校に通い、教会員と交わりを深めて皆に愛されていました。テランは兵役中に受洗し、調布教会に転会しています。この二人を通して、裵貞烈氏と奥様の李秀炅(イスーキョン)さんと出会い、その人となりを知り得たのでした。お二人は夏休みを中心に来日し、礼拝を共にするようになり、サマーキャンプにも数回参加してくださいました。

4.共助会との出会い

裵貞烈氏と「共助会」との出会いは、主として「佐久学舎聖書研究会」と「韓日共助会修練会」での交わりが中心でした。

「佐久学舎」の出席では、テランは2011年から16年まで、裵貞烈氏は12年、13年、16年と出席してくださいました。ここでの川田先生を中心にした〝祈りの交わり〟が共助会とはいかなる「会」なのかを知るきっかけを作ったと思います。

そして「韓日共助会修練会」では、15年済州島で持たれた「第6回韓日共助会修練会」、19年ソウルでの「第7回韓日共助会修練会」において、裵貞烈氏は忙しい中、大田から駆けつけてくださり通訳の任を快くご奉仕頂きました。以上が裵貞烈氏家族との関わりです。

Ⅲ.最後に、韓南大学の総長室を出たところに掲げられていた二つの額について記します。その一つは、初代総長リントン宣教師が残された「学校法人の理念」です。その中の「キリスト教的な雰囲気 」を持つようにとの言葉は、私の心に響きました。二つ目はこの大学の校訓で「真理 自由 奉仕」が漢字で書かれていました。この大学に学び、そして今ここで教えていらっしゃる裵貞烈先生の歩みは正に、この校訓を生きている証人だと深く思わされました。

裵先生を初めこの大学で知り合えた方々との出会いは、神様が備えてくださったものであると、感謝を持って噛みしめています。

(日本基督教団 調布教会員)