シンガポール便り5 最終回 多文化共生をめざす国づくり シンガポール 伊藤世里江
シンガポール便りもいよいよ最終回を迎えました。シンガポールは多民族、多宗教国家として知られているかと思います。実際にここで生活していると、日常的にバスの中でも電車の中でも何語かわからない言葉がたくさん飛び交っています。同じシンガポール人でも中華系、マレー系、インド系では肌の色も外見も異なります。さらに、仕事や移住のために世界中からさまざまな民族、宗教の人たちが生活するまさに民族のるつぼです。
日本ではこのままでは国の外国人人口比率が1割になると危機感をもって言われているようですが、シンガポールでは全人口600万(2023年統計)のうち、シンガポール国籍保持者は363万人しかいません。永住権のある外国人55万人、わたしのように就労ヴィザでの長期在住者(家族含む)は185万人となっています。つまり、シンガポール国籍者は住民の6割程度で、永住者も含めての外国人が住民の4割に及びます。さらにはシンガポール国籍保持者の中にはわたしのまわりでも、ついこの間まで、マレーシアや中国、なかには日本からも国籍をシンガポールに変更した人も多く含まれています。
宗教も中華系を中心とする仏教(31%)、道教(8・8%)、キリスト教(19%)、マレー系住民のほとんどをしめるイスラム教( 16 %)、インド系住民の多くはヒンドゥー教(5%)など多彩です( 2020年統計)。一つの宗教が主流になるというのではなく、多民族、多宗教共生は、1965年のシンガポール建国のときからの国是ともいうべきものです。その背景にありますのは、建国直前の1964年に中華系住民とマレー系住民との暴動が起こり、多数の死傷者を出した苦い経験があります。この日7月21日を忘れないように、毎年、この日をRacial HarmonyDay 民族調和の日として、幼児期から自分の出自のある民族を誇りに思い、他の民族を尊重するという教育が徹底的になされています。子どもたちのクラスにはすでにさまざまな背景を持つクラスメートがいますので、その日にはルーツのある民族衣装を着たり、それぞれの国の言葉でのあいさつを覚えたり、いろいろな違いがあることが素敵なことであり、みんなが一緒に仲良くすることが大切なことであることを学びます。
一方、法的にも他の宗教や他の民族を攻撃することは厳しく禁じられており、懲役刑、罰金刑が課せられます。それはシンガポールに住む、または訪問する外国人にも同じように適用されます。どれくらい厳しいかと言うと例えば、外国から講演者を招くときには、原稿を政府機関に提出することが求められます。外国からの情報によって、民族や宗教の融和が壊されることがないように厳しくチェックされます。これはネット上でも同じです。
実際に2020年12月に16歳のクリスチャンの少年が、シンガポールにある二つのモスクへの具体的な襲撃計画を立てていて逮捕されるというショッキングな事件もありました。政府機関からの注意喚起メールも届きます。
このような環境にいると、日本のヘイトスピーチや国会議員も含む外国人への無理解な発言やネット上での偏見あふれる動画などは許されていることが信じがたいことです。一方、言論の自由に慣れている日本人にはあまりに厳しい規制に窮屈さを感じるのも事実です。
民族融和の具体的方策例
シンガポールの民族融和政策の例をあげます。シンガポール国民の8割が政府の住宅開発庁(HDB)の住宅に住んでいます。その各棟の住民の割合を、人口の各民族の割合に合わせて調整しているのです。近所にいろいろな民族の人が住むようにし、日常的に多民族、多宗教の人に接することで、お互いを理解できるようにするという政策です。わたしもその団地に外国人枠として住んでいます。外国人は毎年契約を更新しなければなりません。
シンガポールには男性のみに課せられる2年間の徴兵制があります。月曜から金曜日までは訓練のための宿舎で過ごすのですが、その時の部屋割りやグループ分けも民族が混じるように構成します。
相手を知らないことが恐れとなり、恐れが反感を生み、それがヘイトにつながり、さらに暴動や戦争につながっていくということを私たちは歴史を通して知らされます。このようにして意図的に背景の違う人たちと日常的に生活するようにしていくというのは知恵のある政策であると思います。
子どもの時からの教育と日常生活での融和、そして、法整備。それらを駆使しながら、多民族、多文化共生社会を目指していく。小さな国だからできることでもありますが、学ぶべきことはあると思います。
(シンガポール国際日本語教会牧師)