日本側資料解説2 飯島信

『日韓キリスト教関係史資料Ⅲ 1945-2010』(新教出版社、2020年)より 

■第Ⅰ部「アジア太平洋戦争敗戦から日韓基本条約締結までの交流の動き(1945-1965)

2.休戦協定成立後から日韓基本条約締結まで(1953-1965)

収録された32点の資料からも明らかなように、敗戦後、20年近い歳月を経てもなお、日韓のキリスト教会に関わりは生まれなかった。20年。一人の人間が成人するまでに要する時間である。しかし、どれだけ年月を重ねても、ただそれだけでは36年にわたる朝鮮植民地支配によって日本が韓国の人々に与えた傷が癒されることはなく、日韓両国の間に和解の時が訪れることはなかった。それでも、この時代、関係修復を求める模索が始まっている。ここでは4人の声と一つの出来事を紹介する。4人とは、岸本和世、塩月賢太郎、秋山憲のり兄え 、溝口 正でり、出来事は、大村勇と韓国基督長老会第50回総会である。

1962年5月、東アジアキリスト教協議会(EACC)主催の青年指導者養成会に出席した岸本和世(霊南坂教会牧師)は、「教団新報」に報告を載せ、以下のように述べた(52頁)。

「キリスト者としての務めはなんだろうか。『和解』はどのようにしてなされるか。実にむずかしい問題でした。しかし、それは単なるあいさつではない。お情けでもないこと、表面的な知識に基づいてではなく、お互いの国に住み込むくらいの意気込みで、その国を理解することから始めなければならない。そのために留学生交換などをして、若い者の遠慮のない意見を交えるとき、そこから本当の和解が芽ばえ、理解ができるということを話し合ったのです」と。

さらに1964年1月には、WSCF(世界学生基督教連盟)主事であった塩月賢太郎が、「アジアと日本の教会」と題した長文を『福音と世界』に掲載した(79頁)。

「私たちは先ず、アジアの諸教会と私たちの教会との間に本当の和解が成立していないという認識から出発しなければならない。国と国との間に和解が十分に成立していないというばかりでなく、私たちは、アジア各地の教会とその信徒たちは、キリスト教信仰のために戦争中特に日本の軍隊や特務機関によってきびしくいためつけられたことが少なくなかったことに対しても、十分に責任を感じていないばかりか、しばしばその事実すら知っていないのである。」

そして、岸本や塩月のこれらの問題意識に呼応するかのように、1965年9月、秋山憲兄(信濃町教会長老・新教出版社)は、「近くて遠い韓国」と題して、韓国で行われた会議に参加した旅行記を「教団新報」に寄稿した(53頁)。秋山は記す。

「日本の教会は、今こそ過去の一切を悔い改めて、ほんとうの話し合いをすべきである。その場合、ぜひ考えねばならないことは古い指導者同士の儀礼的な話し合いでは意味がない。戦争を体験し、戦後徹底的な反日教育を受けて育った韓国の、若い世代の持っている考えや意識と体あたりして、その問題を受けとめ、それに答えて行くことのできるのは、日本のほうでも若い世代の指導者たちであろう。教団はそういう交流をすることによって、両国の真の和解の道に奉仕できると思う」と。

和解には、「表面的な知識に基づいてではなく、お互いの国に住み込むくらいの意気込みで、その国を理解することから始めなければならない」(岸本)、そしてまた「戦争を体験し、戦後徹底的な反日教育を受けて育った韓国の、若い世代の持っている考えや意識と体あたりして、その問題を受けとめ、それに答えて行くこと」(秋山)が必要であるとした彼らの言葉は重い。

そうした中、1965年、日本基督教団に一通の書簡が届いた。韓国基督教長老会からの第50 回総会への招請状である。折しも、日韓条約をめぐる激しい反対運動が日韓両国において起きている時であった。しかし、招請を受けて訪れた教団議長の大村勇は、韓国キリスト者の厳しい視線にさらされる。彼の挨拶を受け入れるか否かをめぐって、議場は3時間にわたって激論が戦わされた(58頁)。

大村は、祝辞で謝罪を述べている(56頁)。ただ、その謝罪にどれだけ日本基督教団という教会全体の内実が込められているかが問われたのである。教会だけではない。日韓条約をめぐる緊迫した状況下、大村は、日本及び日本社会全体の、清算されずに放置されたままのかつての負の遺産をも背負って立たなければならなかった。

それでも、この時代、忘れてはならない一人のキリスト者の祈りがある。多くの問題を残したまま締結された日韓条約とその後について、無教会の溝口正が個人誌「復活」に記した祈りである(69頁)。彼は、「日韓条約締結とその後のこと」と題する文章の最後を祈りで終えている。溝口の真実の想いであろう。

「ここにおいて、ただ祈ることしかできない私を神よ、願わくは鞭打ち給え、願わくは、韓国をあなたが救い給わんことを、願わくは、韓国と北( ママ) 鮮をあなたが和解せしめんことを、願わくは、わが国民をして真の悔改めに導き、正しき道に立ち帰らせ給え、しかして、日韓条約をして両国滅亡の道連れでなく、相共に世界平和建設への戦友たらしめ給わんことを、反対論の中にひそむ偽善をも、賛成論の中にそりかえる偽善をも、共にあなたが打ち給わんことを、しかして、あなたの御心のみが成りますように。アーメン」         (日本基督教団 立川教会 牧師)