1 日韓基本条約締結後から民主救国宣言まで(1965-1976) 飯島 信

『日韓キリスト教関係史資料Ⅲ 1945-2010』(新教出版社、2020年)より

第Ⅱ部に入る。1945年から2010年までの65年にわたる日韓キリスト教関係史において、この時代ほど、韓国キリスト者をめぐる状況が厳しい緊張に包まれる一方、日韓キリスト者の間の信頼が豊かに育まれた時代はない。緊張とは、戒厳令や大統領緊急措置のもとに置かれた韓国の現実であり、信頼とは、弾圧に喘ぐ韓国キリスト者とその呼びかけに応答し続けた日本人キリスト者との関わりである。

1967年に発表された日本基督教団の戦争責任告白によって、日韓キリスト者には新たな交わりが生まれ始めていた。その交わりが、より信実なものへと導かれたのが、1973年10月から始まる韓国民主化闘争である。前年の1972年10月、朴正煕大統領は韓国全土に戒厳令を布告し、維新憲法を公布、一人独裁永久執権体制を確立する。この出来事にいち早く反対の意思表示をしたのが、ソウル第一教会の朴炯圭(パクヒョンギュ)牧師(後に共助会に入会)らであった。彼らは、1973年4月、南山で行われたイースター野外礼拝で独裁政権を批判するビラを撒き、逮捕された。この事実を知った東京神学大学出身の朴牧師の同窓生たちは、釈放を求める活動を開始し、翌1974年1月、日本基督教団信濃町教会において韓国問題キリスト者緊急会議(以下緊急会議と略す)を結成、声明を発表する【258頁】。

「昨年来韓国においては、学生・知識人・言論人などが、韓国の民主化、人権の自由の確立、対日隷属化阻止のために決起し、朴政権と日本政府・企業に対する抗議活動を展開してきた。その中には多数のキリスト教指導者・学生等が参加してこれを担っており、またキリスト者独自の戦いも組まれている。……われわれは彼らの信仰に基づく果敢な戦いによって、衝撃と共にきびしい問いかけと促しを受けた。というのは、彼らが今生命を賭けて戦っている韓国の政治情勢は、日本の過去の植民地支配と今日の経済侵略が大きな要素となっているからである。それはわれわれ日本人が神の前に責めを負わなければならない問題である。(以下略)」

このような課題をもって生まれた緊急会議は、韓国民主化がなされる1987年を越えて1991年まで足かけ18年にわたる活動を続けて行く。

1974年2月、韓国から日本社会、教会、ジャーナリストたちに対して地下声明が届けられた【262頁】。起草は、韓国の学生・キリスト者や、韓国基督教教会協議会(KNCC)総務の金観錫(キムカンソク)牧師であった。最高刑死刑である大統領緊急措置のもと、全ての言論の自由は封殺されていたにもかかわらず、密かに届けられた声明の中で、金総務は日本の教会に対して次のように呼びかけた。

「韓国における自由と民主主義のためのこの戦いは、少数のキリスト者によって遂行されている。これに参加するには勇気と幻と強い献身を必要としている。しかし、たとえこれらすべてのものがあったとしても、なお、われわれは日本のキリスト者からの支持をも必要とする。そのような支持は、われわれにとって特別な意味を持っている。というのは、日本教会と韓国教会は、過去において、悲劇的に分かたれていたからである。われわれが、日本教会の強い支持を期待するのは、一つにはあなたがたの過去の不幸な過誤をつぐなうために努力をして、われわれ両国の教会間のキリスト者の交わりに新しい時代をもたらす必要があなたがたにあるからである。」

36年にわたる朝鮮植民地支配によって癒し難い傷を負わせ、さらに1965年の日韓条約によって、その傷を致命的とも言える深さにまで至らせた日本のキリスト者に対して、韓国のキリスト者から戦いへの連帯の呼びかけがなされたのである。この時、緊急会議代表である中嶋正昭牧師(日本キリスト教協議会総幹事)と金 観錫総務の間には強い友情の絆が結ばれていた。しかし、それだけではない。この呼びかけは、抑圧された側からの抑圧した者に対する和解の呼びかけであり、この呼びかけを可能にしたのは、日本の教会において、在日の人々に対する差別社会を変えて行く取り組みが確かに始まったことにある。出入国管理法【132・139頁】、在日韓国基督教会館建設【145頁】、韓国被爆者【146頁】、関東大震災朝鮮人虐殺【151頁】、キーセン観光【156頁】、「エクスプロ74」【157頁】などの問題、そして朴鐘碩(パクチョンソク)君に対する日立就職差別裁判【158頁】への日本人キリスト者・市民の取り組みを韓国の人々は見つめていた。

1976年3月1日、「民主救国宣言」【308頁】が発表される。

「民主主義とは何であるか? それは、諸外国で実践されている何かの特定な制度を指すのではない。それはただ、一社会を形成する成員らの意志に従い、最善の制度を創案して不断に改善しながら、成員全体の権益と幸福をはかる姿勢であり信念を指して言うものである。」

咸錫憲(ハムソクホン)・金大中(キムデジュン)氏ら12名のキリスト者によってなされたこの宣言は、1973年5月、韓国キリスト教有志教職者一同の名で出された「1973年韓国キリスト者宣言」【244頁】と共に、韓国民主化闘争を導く道標しるべとなる。

次回では、激しい弾圧のもと、倒されても倒されても立ち上がる人々の声を紹介し、彼らを立ち上がらせるものは一体何であるのかを考えたい。

      (日本基督教団 立川教会牧師)