日韓キリスト教関係史資料Ⅲ(1945-2010)

民主化の後に 飯島 信

『日韓キリスト教関係史資料Ⅲ 1945-2010』(新教出版社、2020年)より

■第Ⅲ部「戦後補償問題を含む日韓の交わりと統一への模索(1987-2010)」

1 韓国教会

民主化が成し遂げられた後の1988年2月、韓国基督教教会協議会は、「民族の平和と統一に対する韓国基督教会宣言」(683頁)を発表、6項目にわたって統一に向かう自らの立場を明ら

かにした。一字一句に、韓国キリスト者の祈りが滲み出る。そ

して、この長文に及ぶ宣言を読みながら、私の心は痛むのである。なぜ、これほどの分断の苦しみを人々は味わい続けなければならないのかと。全ては1910年から36年に及んだ私たちの朝鮮植民地統治に起因する。

1950年から1953年までの朝鮮戦争で、韓国、北朝鮮、中国、国連軍などの軍人及び民間人の死傷者は合わせて600万に達した。さらに3、000万の避難民と1、000万の離散家族が生み出された。犠牲はそれに止とどまらない。南北両国が東西冷戦に組み込まれて行った結果、分団の壁は憎悪の壁ともなり、同じ民族でありながら敵対する関係にまで至っている。平和統一へのいかなる犠牲をも惜しまない願いを持ちつつも、38 度線の「一時的なものと思われた『休戦ライン』が、永久不変の『分断ライン』となっていき、南北分断の壁は高く」(685頁)、厚い。

しかし、平和と統一への道がどれほど困難であろうとも、韓国教会の祈りは絶えることはない。「正義と平和の国が来るように、私たちキリスト者は、平和と和解の福音を実践すべきであり、同族の苦しみに満ちた生に共にあずからねばならない」と信じるからである。さらに、「これをになっていくことが……民族の和解と統一を成し遂げることであり、それゆえ私たちは、統一に対する関心と努力が、まさに信仰の問題であることを認識」しているからである。(686頁)

2 在日韓国教会

 ここに収録した8点の資料の中から、1988年10月に発表された「宣教80周年宣言」(704頁)を取り上げる。在日韓国教会の歴史を振り返りながら、その歩みを真摯に問うている。前文に「総会はその歴史を1908年に置いているが、それは祖国が日本に併合されること、2年先だっていた」と記す。この事実を見逃すことは出来ない。何故なら、そこに神の摂理を見出すからである。即ち、「在日同胞教会の歴史的出発が日韓併合に先だっていたという歴史的事実(は)……主イエス・キリストが日帝時代の在日同胞教会の受難期の歩みばかりでなく、戦後の40余年に見る荒れ野の旅にも似た歩みを通して、異郷の地に散らされた、失われた羊のような在日同胞をたずね、集め続けて下さったのである」。

前文に続けて、4つの項目に分けて課題が示される。「自立した100教会の設立」「主の働き人の養成」「小さな隣り人と共に生きる宣教」「在日同胞の生に対する参与」である。これらの文章のどれ一つを取っても、先の「韓国教会」で記したのと同じように、読み手である自分自身が問われ続けるのを覚える。日本社会の構成員たる私は、これまでどのように生きてきたのかをである。

宣言は先達らを厳しく問う。「……(総会)は、キリスト教教育の領域から在日同胞としての社会参与・法的地位・民族・文化の模索等々を切り捨ててしまう仕方で魂の救いを求めようとする保守的な聖俗二元論によって、2・3世キリスト者の魂をむしろ傷つけている。そしてそのことは現実的な差別の苦悩から逃避し、今日の在日同胞社会が内包する様々な問題に応答しきれない結果を生み出している。」その結果、「総会の教会教育の場では自らのアイデンティティーを確立できないと知った青年がいつのまにか教会から離れて行くという現実もひどく深刻化してきているのである。」(716頁)

この問いを、日帝統治下に生きた1世の人々はどのような思いで受け止めたのだろうか。また、このことを記述した若い世代は、1世の苦悩を理解しつつ、なお問わなければならない現実に耐えなければならなかった。一方、在日の青年に今なお「現実的な差別の苦悩」を与えているのは、私であり、私たち日本人である。この問いは、在日の教育に責任を持った「在日大韓基督教会総会」だけでなく、それ以上に、この差別社会を生み出し続けている私たちに向けられている。

3 私たち、日本の教会

そうであるなら、私の、そして私たちの負うべき課題は明らかである。

戦後補償問題を含む朝鮮半島に対する課題、それは、朝鮮植民地支配への責任をどのように果たしたら良いのか、また、未だ国交すら結ばれていない朝鮮民主主義人民共和国との和解を実現するためにまずは何が求められているかである。

その答えは、まずは足元にある。一つは、在日の人々との交流の内実を積み上げて行くことである。共助会に即して言えば、在日の友や韓国から来日した友らとの交わりの内実をさらに深く豊かなものにすることである。在日大韓基督教会 巽(たつみ)教会には李炳墉(イビョンヨン)氏、同じく川崎教会には李相勁(イサンキョン)氏がいる。日本基督教団 海老名教会には鈴木善姫(ソンヒ)氏、青森教会には金美淑(キムミスク)氏、松本東教会には朴大信(パクテシン)氏がいる。これらの友との交わりにおいて、日本社会で生きる故に友らが担わなければならない課題を分かち合うことである。その二つは、日々生起している韓国・北朝鮮に対する日本及び日本社会の厳しい視線に対峙することであり、またヘイトスピーチを許さない社会を造り出すことである。

本書は、収録された全ての資料を通して、第一の戒めと共に、第二の戒めを生きるように私たちに呼びかけている。(日本基督教団 立川教会牧師)