命の使い方 伊藤 まりあ
高校生の時、初めて作詞をしました。ラテン語で「汝、死を忘ることなかれ」を意味する『メメント・モーリ』という題名のその曲には3つのメッセージがあります。死はいつ訪れるのか誰にも分からないが、必ずやってくること。生きる中で何か貫けるものを持っていたいこと。そして、何者も誰かの貫くものを踏み躙ってはいけないこと。この曲には、私の生と死への考えが反映されており、今の私にも繋がってくるものでもあります。
私はなぜか、死に惹かれます。これは、死にたい、という意味ではないです。死という未知の概念を知りたいと思うのです。なぜ死ぬのか、死の先には何があるのか、死ぬのになぜ生きるのか、死ぬ時何を残すべきなのか。そして、ずっと考えてきたことは、私は何のために生まれて、何を成すために生きているのか、ということでした。本日は、私が生きることについて考えてきたこと、今考えていることをお話しできればと思います。
小さい頃から、私にははっきりとした将来の夢がありました。「うさぎになりたい」というものから始まり、サーカス団員、花屋さん、オリンピック選手、漫画家、翻訳家など、その当時好きだったこと、得意だったこと、興味のあったことを究めて職業にしたいと思っていました。私は、それぞれの夢を持ったきっかけを今でもはっきりと覚えています。
私にとって将来の夢とは、当時の私という人間を象徴しているものです。それと同時に、私の存在意義を示すものでもありました。職業というものは、人生大きく左右するものです。私にとって、生涯をそれに捧げるものであると考えていたほど、重大なものでした。私は、職務を全うするために生まれてきた。だから、将来就くべき仕事は、きっと自分の好きなものの中にあるだろうと考えていました。人生を捧げても良いと思えるものに出会いたい。そのような願いがずっとありました。だから私は、好きなことに打ち込んでいきました。時には、私の人生にはそれしかない、と思えるほどのめり込んだものもありました。
私がこれほどまでに、夢に対して純粋でいられたのは、育った環境もあったでしょう。幼稚園は、決して大きいところではありませんでしたし、小学校入学のタイミングで引っ越した離島は、人口が少ない場所でした。そこで5人の同級生と小学校入学から中学校卒業まで過ごしました。さらに家の中には自由に使えるテレビやインターネットはなく、世間の流行は友達や家族から知ることが多かったです。高校も、スマホの持ち込みは禁止、テレビもありませんでした。そして、「日本一小さな普通科高校」と呼ばれるほど小さな高校でした。同世代の人と比べて、私が生きてきた世界は、狭くて小さな世界でしょう。だから、誰かと比べて落ち込むことが少なかったのだと思います。
けれども、信じていたものは度々打ち砕かれ、トラウマとして残りました。正直に言うと、今でも乗り越えきれていないものがあります。打ち砕かれる度に、自分の全てが否定されたように感じるほどのショックを受けてきました。それほどまでに、「私には、これしかない」と強く信じてきたものがあったのです。でも、それは呆気ないほどに脆いものだったのです。それを繰り返すごとに、私には何もない、欠点ばかりの人間だ、と思うようになりました。それは、自分に対する期待を失い、失望したというだけではありません。もう、それほどのショックを受けたくない、という自己防衛でもあります。21年の人生の中で、最も悩んだ時期は、高校三年生の時でした。自分が嫌いになり、人間が怖くなり、何かの答えを見つけては迷宮に入っていく。本心と取り繕った表面上の姿がぶつかり合う。私の心の中の何もかもがごっちゃ混ぜになって叫ぶ。「私の声を聞いて」と。その声を届けたかったのは、誰だったのか。家族か、友人か、先生か、それとも自分自身か。
私は、他者に失望されたくないという一心で、自分を取り繕って生きてきました。自分に望まれる姿は一体どんなものなのか。他者にとって「良い子」であることは、職業と同じように、私に生きる役割を与えてくれるもののように感じていたのです。
その原点は、小学校の時に受けたいじめでした。なぜ私がターゲットになったのか。それは、「反応が面白いから」でした。それを知った時、自己防衛として自分を隠すことを覚えました。誰かにとって理想の自分であること。そうやって生きることが楽だと気づいてしまったのです。
本音と建前というのは、社会で生きる中で必要とされるものでしょう。ですが、度がすぎるのも良くないようです。他者に全てを委ねて、自分は何も決断しない。本当に考えていない時もありますが、自分の意見を否定されたくない、自分の決定で誰かを我慢させたくない。「何でも良いよ」という言葉は、魔法の言葉になってしまいました。その中で、本音というものを見失っていきました。他者に合わせ、他者のために役立ち、他者に認められること。これが私の生きる目的の中心核となっていったのです。それでも、夢は私のものでした。他者のためではなく、私のためのものでした。
高校三年間の間に、私の演技は崩れていきました。高校の卒業礼拝で卒業生が感話を語りますが、当時の私は感話の中で、高校を「ありのままを映す鏡」に例えていました。感話の中で、私はこう語っています。「一番直視できないのは、弱くて、ちっぽけな自分の姿。何もできない、何も考えない、そして何も知らない。」そしてまた、「答えを探すのは自分自身だ。神の次に自分のことを知っているのは、自分自身。だから誰も代わることはできない。問われ、答えを探しに行く。ようやく見つけたと思ったら逃げられたり、また問われたり。」とも語っています。
私の通っていた愛真(あいしん)高校(全寮制高校。島根県江津市)という高校の教育の根底には「人はなんのために生きるのか」という問いがあります。在学中、何度も何度もこの問いを突きつけられました。他の誰でもなく、私として生まれた理由とは一体何なのか。鏡に映し出された自分自身の頼りなさに失望しながら、それでもなお、自分自身の存在意義を探し続けました。空っぽな自分自身の存在意義を。これは、他の誰かに託すことのできない宿題でした。なぜなら、この答えを見つけ出せるのは、私を創造された神様の他に、私自身しかいないからです。もし、この宿題を誰かにやってもらうのなら、本当に空っぽな人間になってしまう気がします。そして何より、私自身が求めていたのです。高校の志望理由書には、「何にも流されない真理を見つけたい」という願いが書かれています。この「何にも流されない真理」という言葉には、生きる中での芯という意味も含まれています。この宿題は、まだ終わっていません。高校三年間に大学二年半という月日を費やしてもまだ終わっていないのです。
私は今、選択を迫られています。小さい頃には遠かったはずの将来というものがもう目の前にあります。職業は、もはや夢ではなく、現実になろうとしています。その中で、これまで考えてきた命の使い方を振り返り、自分がやりたいことを見つけました。それは、図書館司書になることです。この結論に至った理由は二つあります。
一つ目は、本が好きだからです。テレビもインターネットも自由に使えなかった私にとって、読書は何よりも夢中になれるものでした。今は亡き祖母と本屋さんで本を選んだ幼稚園の頃の記憶。学校から帰るなり、本をランドセルから取り出して読み耽った小学校の頃の記憶。テスト期間にシリーズものの小説に夢中になってしまった中学生の頃の記憶。そして、辛かった時に図書室で泣いた高校生の記憶。出かける時は、だいたい本屋さんに行き、中学校の職場体験学習では、図書館へ行きました。本とは、私にとって未知の世界を教えてくれる教師であり、力をくれる友達でもありました。そして、奪われることのないものでした。好きなものに囲まれて生きることができたら、という思いは懲りずに私の中にあるようです。この理由は、他の誰のためでもなく、自分自身のためなのです。
二つ目は、図書館とは真理に関わる場所だと思うからです。国会図書館には「真理は我らを自由にする」という言葉がギリシア語で刻まれています。この言葉は、ヨハネによる福音書8章32節「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にする」というイエスの言葉を元にしているそうです。聖書内での文脈では、イエスの言葉にとどまることを説いています。人々が真理を探求できるように、自由になれるように、私はそれを支える仕事をしたいと今は考えています。図書館には膨大(ぼうだい)な情報があります。それらは、真実でないこともありますし、真理とは到底言えるものではないでしょう。ですが、長い時をかけて積み重ねられてきた知恵・知識は、人々を導く星になり得ることができるのではないでしょうか。時に、人は間違った星についていくことがあるかもしれません。むしろ、その可能性の方が高いでしょう。ですが、導いてくれるかもしれない星々を私は守りたいと思います。
人々が真理を探究する道を守るために私は命を使ってみたいのです。
ここまで真理に固執(こしゅう)する理由は、名前にあります。私の名前は、まりあですが、漢字にすると「真理愛」と書きます。私はこの名前が好きです。同時に私への宿題であるとも捉えています。私はこの名に恥じぬ生き方をしたいと願っています。真理とは何か、愛とは何か。それは、人類には答えを出すことのできない問いだと思います。人類に答えが出せるほど簡単なものではないはずです。ですが、生きていく上で、欠かすことのできない問いでしょう。古今東西、多くの小説や映画、アニメ、絵画など様々な創作物のテーマにもなってきました。これほどまでに人類が考えてきたのにも関わらず、答えの見つからない愛と真理とは一体何なのでしょうか。
人はいつ死ぬのか分かりません。隣にいた人が、大切な人が、ある日急にいなくなる。お葬式の時に、花に埋もれた故人の顔を見る度に、人の命の繊細さを痛感します。命は容易(たやす)く奪われるし、人の一生はいつか忘れられていく。この世に生きた痕跡も薄れていく。けれども、同時にお葬式の時に感じることがあります。それは、1人の人がどれだけ多くの人に影響を残
すのか、ということです。人々が集まり、1人の人の死を悼いたむ。お葬式とはそのような不思議な儀式です。主役はこの世にはもうおらず、遺された人々が、その人と関わったという理由で集まる。人間は確かに生きるだけで何かを残します。そして、生きたという事実は、どれだけ時間が経っても覆(くつがえ)ることがありません。話が散らかってしまいましたが、結論は、シンプルです。生きるだけで何かを遺すなら、生きた事実が覆らないのなら、私は良いものを遺していきたい。それは傲慢な願いかもしれません。それでも、そのために命を使いたいと願ってしまいます。
(国際基督教大学3年、2025年11 月15日発表)
