小高夏期自由大学報告 飯島 信
【目的】
小高復興の現在地を知り、脱原発と平和への道筋を描きつつ、内外との交流を深める。
2023年9月16日(土)~18日(月・休)、2016年7月の全町民避難指示解除後の小高において、初めての試みである小高夏期自由大学が開催されました。小高区内外から、3日間にわたり延べ145名の参加者が与えられ、地震・津波・原発という3重の災害に見舞われた小高の復興に向けての学びと語らいの場が創り出されました。
今回の試みの目的の一つは、脱原発と平和への道筋を描きながら、3・11による被災地の復興が、誰によってどのようになされているかを内外で共有することでした。
基調講演では、共助会でも多くの学びが与えられている高橋哲哉さんが、「私たちの現在地 ― 今、世界で、福島で問われていること」と題し、幼少年時代を過ごした福島県富岡町での思い出に触れながら、原発の問題を真正面から取り上げて語りました。丁寧に準備された基調講演は、参加した、特に小高で生活する人々の心を捕らえました。原発によって直接被災した地であることから、原発の問題を取り上げて語り合うことには難しさがあります。原発による「恩恵」をめぐって、人々の原発に対する意識の違いが少なからずあるからです。そのような中での高橋さんの講演は、原発に問題を感じていた人々にとって、自分の拠って立つ所を改めて確認し得たことの喜びがありました。
続いて行われた3人の登壇者による被災体験は、胸を打つものでした。特にHさんの、子を思う親の思いとはどれほどのものであるのか、あるいはTさんの、故郷を追われ、幼い子どもたちを連れて住む場所を転々としなければならない経験など、聴く事すら辛くなる話が続きました。Tさんはまた、原発を再稼働する日本に絶望しているとまで語りました。
2日目の朝は、小高で起業している若者たちの話でした。前日の重い経験談が心に深く残る中で、彼らの話は、足を地に付けてしっかり未来を見据えた話であり、小高を覆う厚い雲の隙間から光が射しこみ、厚い雲が次第に吹き払われるような思いすら与えてくれました。若さが持つ力と可能性を覚えたひと時でした。
最終日、4つの分科会に分かれて討議の時が持たれ、そこで話された内容は全体懇談会で共有されました。震災・原発事故の問題から、子育て・移住支援、観光・歴史、医療・介護、農業、将来への展望、教育、心の問題、伝統、町づくり、発信・表現、宗教者の役割、当事者性など、語られた内容は多岐にわたりました。
開催から一か月、これらの内容を整理し、明日の小高に向けてどのように力として行くかが考えられています。すでに、様々な個人、グループ、研究者たちが小高の復興に携わって来ましたが、新しく、小高伝道所を基盤とした教会幼稚園同窓会がその働きに加わりました。
地域の信頼を得る取り組みを進め、地域に仕える働きを担い続けたいと思います。
【小高伝道所の近況】
礼拝では、赴任して間もなく始めた使徒言行録の講解説教が終わり、続いてルカによる福音書を取り上げています。礼拝は、一人の教会員と奏楽奉仕者、それに私の3人が主な出席者ですが、それでも3人ということはほとんどなく、毎回5名前後で守られています。
昨年10月から、礼拝以外に月に2度、「小高を愛し、小高を語る集い」というプログラムを始めました。この集いには、毎回10数名、多い時は20名を超える人々が集まり、良い交わりの場となっています。また、赴任して1年半が経ちましたが、この7月から、小高に移住して来た他教派の方がお一人礼拝に出席するようになり、神様に感謝しています。
【浪江伝道所の近況】
毎月第1・3主日の午後3時から礼拝を行っています。教会員が一人もいないので、私一人の礼拝を覚悟していたのですが、昨年度は一人で守った礼拝は一度も無く、今年度も一人の時は2回だけです。但し、会堂も牧師館も半壊の査定が出ていて、生活の基盤を置くことが出来ないため、小高のように多くの人と繋がることは出来ていません。
そのような中にあって、単立バプテスト仙台南キリスト教会の榎本 譲・さゆり牧師夫妻が、教派の違いを超えて浪江の伝道を助けてくださっています。お二人の協力が無ければ、伝道はなお一層困難になっていると思います。
(日本基督教団 小高伝道所・浪江伝道所牧師)