寄稿

「基地は神の支配を前進させない」(フィリピン便り3) 湯田 大貴

「じゃあ沖縄にはたくさんの米軍基地があるの?」

ある日、フィリピン人の友人にそう尋ねられた。彼女は日本に何度も訪れているが、沖縄の歴史についてはほとんど知らないようだったので、私は簡単に沖縄の近代史を彼女に伝えた。沖縄は、元々は琉球王国と呼ばれる日本とは別の国であって、約150年前に当時の日本政府によって占領されたこと。太平洋戦争後は、アメリカの支配下に入って、1972年に日本に〝復帰〟を果たしたこと。そこまで説明したところで、

彼女は冒頭の通りこう続けたのである。「じゃあ沖縄にはたくさんの米軍基地があるの?」と。

私は残念な表情を浮かべながら「うん」と答えた。国土の0.6%にしか過ぎない沖縄県に、日本の米軍基地の70%が集中している現実は、2025年現在も何も変わってはいない。話は米軍基地へと話題が移り、その中で彼女は次のように言った。

「米軍がいたから、フィリピンは第二次世界大戦に巻き込まれたんだ」

私はハッとした。前回のフィリピン便り第2回で書いた通り、日本軍は真珠湾攻撃と同時に、フィリピンへの侵攻を開始した。当時フィリピンはアメリカの植民地であり、米軍基地が点在していた。だからこそ、真っ先に戦火が降りかかったのだ。

歴史を振り返れば米軍基地があったから戦争に巻き込まれたと言うことができるフィリピンだが、実は米軍基地は現在、国内に存在していない。1991年前後に大規模な反基地運動が起きて、結果として米軍は国内から完全撤退して、基地も無くなった。なぜアジアの小さな島国にしか過ぎないフィリピンが、グローバルパワーのアメリカの意志を跳ね除けて、基地の完全撤退を成し遂げることができたのか。今回のフィリピン便り第3回は、フィリピンにおける米軍基地の歴史を振り返り、どのようにして彼らは米軍基地を国内から追放することに成功したかを考えたい。

フィリピンに米軍基地が存在するようになったのは、1898年にアメリカがスペインとの戦争に勝利し、フィリピンを植民地としたことに端を発する。第二次世界大戦後の1946年、フィリピンは悲願の独立を果たすが、翌年にはアメリカと「米比軍事基地協定(MBA)」を締結し、23の基地を99年間無償で提供した。MBAは国内法が適用されない治外法権を基地に認めるものであり、独立後も植民地支配が残されたかのような状況だった。その後、約40回におよぶ改定を経て、1966年の修正により有効期間が25年に短縮され、1991年が協定の期限と定められた。そして1991年9月16日、フィリピン上院は12対11という僅差で協定の延長を拒否した。これが、米軍の完全撤退につながった。この決断の背景には、1987年の新憲法の存在があった。マルコス独裁政権の崩壊後に制定されたこの憲法は、協定の延長に対し、上院の3分の2の承認と国民投票での過半数の賛成を必要とする条項を盛り込んでいた。

なぜ上院議員たちは、MBAの更新に対して反対票を投じたのか。Andrew Yeo 氏の分析によると最も大きな要因として、当時の安全保障に関するコンセンサスの弱さが指摘されている。1991年当時は、冷戦末期であり、冷戦期におけるアジアの安全保障に大きな貢献をしていたフィリピン国内の米軍基地の今後の役割について、国内でも議論が分かれていた。ソ連が解体間近であったこの時期において、フィリピンそしてアメリカの仮想敵となるような敵国は、東南アジア地域において存在しなかった。上院議員たちも同様の認識であり、マルコス政権下で国防長官を務めたフアン• ポンセ•エンリレ上院議員は以下のように演説をしている。

議長、この条約案を検討するにあたり、まず第一に考えなければならないのは、米国の軍事力のすべてを投入して防衛しなければならない外敵が存するかどうかです。大統領、我々の知る限り、そのような敵は存在しません。私は共和国の国防長官を務めてきました。幸運にも17年間務めてきましたが、今日、そして今後10年間、米国の安全保障の傘に守られなければならない外敵が存在するなどと、正直に言える国はどこもありません。この地域のいかなる国も、フィリピン侵攻に関心を持つとは考えられません。

1966年にMBAが改正されて、有効期限が1991年と定められた時点において、この年にソ連が崩壊すると予想をしたものは、おそらく誰一人としていなかったであろう。明確な仮想敵を失った米軍基地は、その役割や大義名分を失い、ただのアメリカ軍における占領地域とも言えるような状況になってしまったのだ。

MBAの更新が拒否されたもう一つの要因は、反基地活動家の戦略的な運動であった。前述の通り、新憲法は、条約の更新には上院議員による投票と国民投票の両方が必要と明記されていたため、活動家たちはエリート層と大衆の双方をターゲットに戦略的に活動を行った。エリート層の上院議員に対しては、予備投票の結果をもとに彼らをいくつかのグループに分けて、立場を明らかにしていない議員たちをターゲットにして、浮動票の獲得のためのロビー活動を行った。一方で大衆に対しては、主張を反基地から「反条約」というメッセージに弱めることによって、必ずしも反基地ではないが、条約の不平等な内容に反対する勢力等も取り込みながら、全国レベルで運動を広げて、支持基盤を広げた。このような二重の戦略によって、反基地運動は成功を収めたのである。

ここからはフィリピンの反基地運動について調べる中で自分が感じたことについてまとめたいと思う。まず印象的だったことは、フィリピン人たちは基地に反対する理由の一つとして、「戦争に巻き込まれる」という点を挙げていることだ。日本では米軍基地は抑止力になると考えられている。保守派の人々は、中国の侵略を防ぐために米軍基地が必要だと主張する。一方でフィリピンでは全く逆の考えの人たちがいるのである。その考えがどこから来るかと言えば、戦争の記憶からではないだろうか。フィリピンは第二次大戦で戦場となり、多くの犠牲者が出た。当時から米軍は国内に駐留していたが、結果として多くの人が犠牲になった。抑止力どころか、むしろ戦争をもたらすことになったのである。「軍隊は住民を守らない」—沖縄戦の教訓として、今もなお語られているこの言葉が指す通り、実際に戦争を経験して、郷里が戦火に見舞われた人たちは、軍が人々を守らないということを身をもって知っているのだろう。反基地運動が起きた1990年代当時は、戦争を経験した60代以上の人々がまだたくさん生きており、戦争の記憶が今よりもずっと鮮明だったに違いない。彼らは戦時中、10代であり、戦争を自分の体験として知っている世代である。

 戦争の記憶の大切さを改めて思う。2025年の今、戦争を知る世代は長寿国の日本においても少なく、フィリピンにおいては残念ながらほとんど存命ではないだろう。戦争の記憶が薄れると、私たちは安全保障を机上論で考えるようになってしまう。これが危険なのだ。「敵国が近くにいるから防衛力が必要だ」

「防衛力強化のために米軍の助けが必要だ」となっていき、実際の戦争で何が起きたかを振り返ることなく議論を進めてしまう。果たして軍隊は本当に住民を守ってきただろうか。政治家の言葉ではなく、戦争を生きた先人たちの言葉から私たちは学ぶ必要がある。日本軍に虐殺されたフィリピン第91師団の兵士たちは、日本軍に輪姦されて生き埋めにされたエルリンダは、そして彼らの家族たちは私たちに何を語るだろうか。

反基地運動について調べる中で印象的だったもう一つのことは、キリスト教徒が反基地運動に大きく関わっていたことである。前述の通り反条約運動は、伝統的な反基地活動家たちだけでなく、国内の多くの個人や組織を巻き込みながら広がっていたのだが、この中にキリスト教徒のグループもいたのである。TheMaryknoll Sisters と呼ばれるカトリック女子修道会は、当時の地域総会で「基地は神の支配を前進させない」という声明を出している。私はこの言葉と出会った時に号泣してしまった。

私たちキリスト者が御国について思いを馳せるとき、そこに戦争はあるだろうか。暴力はあるだろうか。虐殺はあるだろうか。レイプはあるだろうか。性買春はあるだろうか。ミサイルはあるだろうか。核兵器はあるだろうか。これらはどれも基地がもたらす可能性のあるものである。私は基地の存在を完全には否定しない。必要悪としてこの地上に必要な時もあるだろう。ただイエス・キリストが再臨して、御国がこの地上にももたらされたとき、そこに基地はないと確信する。神の正義と愛と支配が完成したとき、もはやそこには暴力装置は必要ない。キリスト者は福音を述べ伝えるだけでなく、この地上において神の国を建設するためにも遣わされているのだから、基地に関してもNoという声を挙げるべきだというのが私の考えである。

2025年現在、フィリピンには確かに米軍基地は存在しない。しかし、現マルコス政権はアメリカとの関係を再び強め、合同軍事訓練の頻度と規模は大幅に増大している。かつて米軍を追い出したこの国が、再びその影を迎え入れようとしている。

私の願いはただ一つ。どうかこの国が、再び戦場とならぬように。この国の人々の笑顔が、二度と奪われることがないように。   (Living Word IT Park 所属)

参考文献

1 Andrew Yeo “Activists, Alliances, and Anti–U.S. BaseProtests”

2 UCA News, CHURCH CRITICS URGE PRESIDENT AQUINO TO REMOVE U.S. BASES BY 1991

https://www.ucanews.com/story-archive/?post_id=36557&post_name=/1988/05/18/church-critics-urge-president-aquino-toremove-

us-bases-by-1991

3 Supreme Court E-Library, ARTICLE XVIII -TRANSITORY PROVISIONS

https://elibrary.judiciary.gov.ph/thebookshelf/showdocs/45/25596