説教

共にあること  若林 義男

 【京阪神共助会修養会 開会礼拝 感話】

京都共助会の例会が終わった後に、京阪神修養会で話をせよとのことになりましたが、私のようなものが信仰について語るだけの何ものをも持っていないのは明らかです。やっと礼拝に出席し皆様と共に礼拝を捧げることを自分の生活の一部に、体の一部に出来た実感を最近得たばかりです。それはここ4年ほどの間に三つの病気で6回の手術をうけて、体の衰えを覚えるとともに、休んでいた礼拝に退院して出席した時、その礼拝の終わりになって何故か突然に涙が溢れ出てきて、教会の礼拝において神様に感謝の祈りを捧げられたことに一気に感情があふれ出てきた初めての感動でした。なおも生かされていること、皆様と一緒に礼拝を捧げることが赦されていることに感謝することが出来たからです。これまでに想像もしなかった嬉しい思いです。また京都共助会の月々の例会に出席が赦され、私にはどれくらいしっかりとそのお話が受け止められているかは甚だ怪しいものですが、それでも毎月お話を伺えることは本当に幸せであり感謝しかありません。私が生きている絶え間なく進む時間の中においてそのような時が赦されていようとは想像もできないことでした。これまで生活をしていくために働くことに過ごしてきた時間から今のような豊かな時を許されるとは想像もできなかったことです。本当に感謝しています。しかしいつも言うのですが教会は私にとっては楽な居場所ではありません。親にしがみつく子どものような姿かもしれません。

最近気になるようになってきたことに、ウクライナにおける戦争が大きな話題、問題となって日々の生活にも物価の高騰という形などで表れてきた故に、単なる東ヨーロッパの端の良くは知らない国の出来事ではなく、なにか親しい自分たちと繋がった国の人々との関係が自分に直接的にかかわるものとして語られるように何か変わってきたと感じます。生活品の高騰は自分にかかわりますが、ウクライナの人々の置かれている状況を直接には感じることもなく、ただ報道によってまたは日本政府の取る姿勢をもって自分と同じくするものとしてではなく、外にいるものとして、行動ではなく関心のうちにおいては往々にして受け止め、また発言しているようにも感じます。イエス様のように同じくするものとして自分を置いているのではありません。もちろん私自身は外にいる者としてのその最たるものです。ウクライナの人々がその公約数として今望んでいるものは何なのかを時々考えます。私にはソ連崩壊後の時間の中で、ウクライナの独立ではないかと感じています。しかし帝政ロシアの始まりの地でもあり独立とは何かを知らないそれまでのウクライナの特に高齢者には今のロシア政府の発する情報しか聞けない、聞かない特に東部の高齢者とそれ以外の多くの高齢でない者たちとの溝が、親子であっても相反する判断を、決断をもって苦しんでいるように感じています。ロシアのウクライナ侵攻が始まった当初、私の長女がドイツでソ連モスクワ出身のユダヤ人と結婚し子どもをもうけ、もう20年近く生活していますが、幼稚園に通う次女の友達の親から友人の一家が国外に脱出するのを助けてくれないかとの要請を受け入れ、客人の為のベッドルームもない狭いアパートにその知人の友人の妻の両親を受け入れました。知人も広くないアパートにその妻と子ども二人を受け入れての、しかしその知人の友人である男性はウクライナからの出国が叶いません。また依頼してきた友人の父親の両親はウクライナ東部に生活していて、ロシア側に留まって、親子の会話もままならない悲劇に陥っています。娘が受け入れたことで一組の老夫婦、妻、子どもたちはウクライナを脱出できましたが、老夫婦だけは最終目的地であるイギリスの次男の処に行くために一旦オーストリアを経由して1か月程かけて目的地に向かうことが出来ました。小さな助けしかできませんが、彼らの希望に結びついたことは嬉しいことでした。でもドイツ語では無くても英語も通じずロシア語での会話は大変だったそうです。日本でならと考え込んでしまいますし、陸続きではないことの違いを考えさせられました。日本人がウクライナの人々と共にあることは現実的にも意識的にも本当に難しく思わされました。空に向かって勝手な言葉を発しているような自己満足のような虚しさをも感じます。もちろん全く反対の立場と行動をなさっている方々のあることにも頭の下がる思いです。少し余談でした。

共にあるとは、を考える時、一番に思うのは家族です。妻であり三人の娘であり三人の女の子の孫です。私は高校を卒業した時、父は既に亡くなっていたので、自分が独り立ちせねばとの思いが強くありました。それは働いて生活を担いうるようにならねばとの思いです。また自分で物事を判断し決めるというのは初めての経験です。そこでの対象は結婚したばかりの妻であり、後に三人の娘が加わりました。健康のことなど全く心配したこともありません。なんとか倉庫会社に勤めて、少なくとも現場の同僚の一人とは同じ働きが出来るようにと大変でしたが頑張ることに苦痛を感じることはありませんでした。むしろ居場所を持て仲間意識を持てることに嬉しい思いでした。たしかに現場はそれぞれの役目を果たすことで一つの大きな仲間であるとの意識を持つ場でもありました。個人プレーではなく集団の働きとして初めて課された役割を果たせたからです。よって今では考えられないような、うどん一杯で深夜早朝までの残業であっても、全員の働きによって課題を克服した一体感と一人では得られない満足感のようなものをも得ていました。しかしそのような連帯感と、聖書のいう「共にあること」とは大きく違います。自己の存在が何のために在るのかと考えたときに、仕事での連帯感は、残業手当は、もちろんですが家族の生活を少しでも豊かにしてくれるものとして代償が約束されたものでした。しかし報酬を求めないで相手のためにとは目の前にいる家族以外となると本当に難しいです。親友は確かにほんの数名ですが持っていす。何でも本音で話せる学生時代からの友人です。しかし自分を投げうつことが出来るかと言えば、ある程度までのように思わざるを得ません。家族と違って責任を負っているとの思いが大きく違うからです。友人に対して信頼を全うする責任を負っています。家族に対しては実際にどこまでも出来る限りにおいて支えるという責任を負っています。これは自分の死に至るまで変わることのないものです。家族と友人とではそうとうにその義務感において違いを私は持っています。京都共助会で学んだ言葉の中に「友のために死ねること」という言葉が強く残っています。その意味するところをなんとなくは分かるように思いますが、自分に語られた言葉として、そのままに自分が行えるかは全く別でしかありません。勇気がありません。生きていることを感じることが出来るのは、時間という留まることは無い絶えず変化するところにあるが故にではと思うこともあります。その反対は永遠という言葉になるのかとも。自分のいるべき場所を教えてくれるのも聖書の言葉からではないかとも思わされています。変化のないところにある永遠とは、真理とは、をです。

まだ会社勤めをしている時に東北大震災、原発事故が起こりました。被害を直接に受けることはありませんでしたが、これも一人の運転手が早速に援助の募金をしようと言ってきました。彼は未だ入社して日も浅くまた経済的に困窮して他の職種より少しの高収入を求めて重労働であるトラック運転手になったばかりの者でした。家賃も滞納せざるを得ないような本当につつましい生活を強要されていた者です。その者が苦しさを知っているからこそ直ぐに援助をしたいとの強い意思でした。これには自分の姿がとても小さな詰まらない人間であることを知らされました。倒れている人を通り過ごすことに何の感情も持たなかったのです。立ち止まれること、相手の立場になれること、そして思いを為すことが出来るかが問われます。そうではない自分の姿には目をそらしたくなります。祈りを捧げることの出来ない自分を見ます。心の中を露あらわにせねばなりません。誇りたいが故に露にできません。人の目に惨めでありたくないからです。70歳を過ぎての今の自分でもあります。今は日曜日になるといつもより少し緊張して起きて、礼拝に出席するために教会に通う父親の姿を子どもたちの記憶に残すことしかできません。

最近私自身のことで感じていることです。この4年余りの間で前立腺癌の摘出手術、鼠径ヘルニアの手術、そして昨年末から膀胱癌の続けての4回の手術でさすがに体力の衰えを実感させられています。もちろんもっともっと大病をなさっておられる方々も多くおられますが、お元気な方々も多くおられます。この体力の低下は気力でカバーしきれない、まるで濡れたタオルを絞って段々と水分が無くなっていくような、ちょっと不思議な経験をしたことのない力の衰えを感じさせられています。私の好きなアウグスティヌスの創世記の注解ではありませんが、人間とは、生命とは、を玄関の外で煙草を喫の みながらですが少し思いめぐらすようになりました。私にとっては聖書は創世記に行きついてしまいます。神様が創られたこの世でありアダムの創造です。英語で葬儀の時に「Earth to earth, dust to dust, ashes to ashes.」塵は塵に、土は土にと訳される言葉が語られますが、自分もそうなんだとなんとなくではあっても納得するような感を持ちます。自分の持つ時間には未来があるものと信じて今を生きています。もちろん私も明日が当然にあるものとして今を過ごしています。アウグスティヌスの文章の中に「今思う過去、今思う未来」という言葉が印象に残っています。私というたった一人でしかない私が思うところに、私以外の人々が生きています。それは今思う過去においても未来においても、思うが故に生きています。では人間はたった一人で生きていると言うことが出来るのかと反復すると、社会的な存在という言葉に行きついてしまいます。単体としては強靭なネアンデルタール人が小さく弱いホモサピエンスにとってかわられたのは、弱いが故により大きな集団化をなし、知恵と言葉を得た故であるとのことに納得をしてしまいます。人間が神を作ってはならないと聖書は教えます。しかし人間の歴史は人間が実にたくさんの神々を創ってきた歴史です。吉田神社を筆頭に日本の神社などはその最たるものです。言葉は人間が弱いが故に知恵と共に得たものとも思います。また知恵は言葉が無くては得ることは叶いません。言葉は神と結びつくことが出来る唯一の道なのかとも。故に「初めに言葉あり」から始まるのではと。人間は言葉なくしては何をも知れず理解することも叶わないのではと。

言葉を与えられたことで、神との契約がなされます。一方的な契約です。これが今の時代の契約の概念に当てはまるかはちょっと疑問もあります。今の契約の概念には双方の合意が基本にあるからです。しかし神は一方的に語ります。それは、人間は神によってつくられたものであるからの様に思います。神との契約は人間は受け入れるしかないものではあるが、また神は人間との契約を破ることもありません。神の言葉は永遠です。

人間が守りさえすれば神は確実に契約を履行されます。人間が守れない理由があります。アダムとイブが神から隠れたことです。罪の始まりです。秘密を持つことは罪を持っていることに繋がるものです。心の奥底に誰にも明かすことのない秘密を持っています。私も持っています。でも神様は知っておられます。しかし私はそれを口に出すことは出来ません。絶えず許しを請うしかない自分しかありません。このことは基督の十字架に私はくっつけています。弱い人間がこの地上で支配者でいられるのは言葉を持ったからと思います。しかし神様から隠れては応答が無くなります。契約を破れるのは人間でしかありません。契約とはを考える時、人間同士の契約は契約と言えるものなのかと考えさせられます。人間同士の契約には罰則が必要とされます。人間の知恵である法治という概念です。これは強制力を伴うが故に成立するものです。ロシアの大統領は法の治める世界を限定してしまったのです。約束とは双方が履行するとの認識が欠ければ成り立ちません。そこには強制力が求められるのか、力とは何かを今一度顧みなければとの感を強くします。

私というものがいつまで生きることが赦されるのか、イエス様を知ることのないままに、イエス様が共にいてくださることを信じずしていつまで共にあるということが赦されるのか、この世に在らねばならないのかとついつい考えてしまうこの頃です。聖書は私にとってある意味とても開くことが怖い書物にもなりました。時々の説教も同じです。(日本基督教団 北白川教会員)