随想

深い淵の覆いを取り除けられて―ウクライナの戦争が問いかけるもの 片柳榮一

1 ウクライナ侵攻の報に接して

2月24 日にロシアがウクライナに侵攻を始めたと報じられた時、五十年以上昔1968年のソ連のチェコへの侵入のことがありありと思い出されました。それ以前にも1956年のハンガリー動乱など同様の軍事的弾圧もあったのでしょうが、当時小学生4、5年の私は、ハンガリー動乱、スエズ動乱と言葉が新聞紙上に踊っているのを意味も分からず眺めているだけでした。しかし自由を求めて「プラハの春」を叫んでいたチェコに、当時のソヴィエト連邦が軍事侵攻し、ドプチェク政権をひきずり倒した1968年の出来事は、大学院生になっていた私には、非常にショックな出来事でした。まだ多少人間の顔を持った社会主義の将来を信じていた私は、「まさか本当に軍事侵攻して自由化の波を押しとどめたのか」と愕然としたことが突然思い出されました。

確かに今回のプーチンのウクライナ侵攻は、軍事力で現状変更はしないとの現代の国際法違反であり、これが容認されるなら、これが先例となり、今後数々の軍事介入が正当化されてしまいます。チェコの時も、それからなお20年程ソ連の支配は続きましたが、結局無理な支配は瓦解しました。今回もこうした力による支配はやがて終焉するしかないだろうと強く思わされました。

2 NATOの東方拡大の問題性

しかしわたしを驚かせたのは、NATOの東方拡大に対するジョージ・ケナンの批判でした。アメリカのソ連封じ込め、冷戦政策を主導したケナンが、冷戦崩壊後のNATOの政策、とくに東方拡大政策がロシアの不信を増殖させるであろうとの警告的な言葉をすでに25年前に述べていることをある研究会の会合で知らされ、愕然とする思いでした。「NATO拡大は冷戦終結後の米政策で、もっとも致命的な誤りである。この決定はシア世論のうちにナショナリスティックで、反西欧的軍事的傾向を掻き立てることになり、ロシアの民主主義発展には正反対の効果をもたらすことになろう。東西冷戦の雰囲気を呼び戻す

であろうし、ロシアの外交政策を、我々がまったく望まない方向に追いやるであろう。……アメリカがこの政策には何の敵対的意図はないと保障しても、ロシア人は聞く耳をもたないであろう。彼らは自分たちの名誉(ロシア人の心にとって最高のもの)と安全保障が脅かされていると見なすであろう」。(「致命的な誤り(A Fateful Error)」ニューヨーク・タイムズ1997年2月5日)

私もNATOは冷戦下での対ソ軍事包囲網だと思っていましたので、なぜ冷戦後も尚存続しているのか素朴に疑問を感じていましたが、あらためて冷戦の終わりの頃からの自分を振り返ってみると、私などは、もう核戦争への危険も去り、基本的には西欧型の民主主義がソヴィエト型社会主義に対してその優位性を示したのであり、ロシア、東欧にも少しずつ民主主義が定着してゆくのであろうと呑気に考えていたことを思いますそんなことを反省しながら、少しNATOのその後の展開を調べてみました。

金子 譲という人の「NATOの東方拡大―第一次拡大から第二次拡大へ―」という題の論文からは教えられました。インターネットで見ることができます。最近幅を利かせている防衛研究所の『紀要』なのでどうかと思いましたが、ロシアへの配慮が滲み出ていた冷戦終結直後のNATOの姿勢が次第に変わって行く様子が、かなり冷静に見つめられています。金子氏によると冷戦終結直後、基本的にNATO当事国は慎重に、いかにロシアと協調して行くかを模索していたと言います。これに対して東欧諸国は、経済的な貧困からの脱却と過酷なロシア支配からの解放を求めてEC(現EU)加盟とその軍事的支えとしてのNATO加盟に懸命に動いていたことが知られます(『防衛研究所紀要』 第6巻第1号(2003年9月)55~69頁)。ある意味、矛盾をはらんだ均衡から出発したのでした。しかし1993年のロシアの政情不安(エリツィン大統領のロシア最高会議ビルへの武力鎮圧行動と議会襲撃)をきっかけに流れは東方拡大に傾き始め、アメリカ政府内部もこれに同調します。この拡大への傾斜、東方拡大への踏み出しをケナンは「致命的な誤り」と呼んだのでしょう。こうして1999年、ポーランド、ハンガリー、チェコがNATO内の多くの議論とロシアの反対のある中で加盟を許されます。2001年に発足したアメリカブッシュ政権はさらに拡大政策を押しすすめました。01年9月のニューヨーク同時多発テロを契機に、ロシアのプーチン大統領は、中央アジア諸国の基地使用を容認し、アフガニスタンでの軍事情報支援を行うという対米協力姿勢を示す一方で、安全保障の焦点がテロへの対処に移行した新たな時代にあってはNATO拡大が意味を持たないことを折に触れ力説していたと言います。

2004年にはブルガリア、エストニア、ラトビア、ルーマニア、スロバキア、スロベニアがさらに加盟することになります。金子氏の論文は2003年のもので、それを見据えて書かれています。東方拡大に危惧と脅威を表明しているロシアを宥めるために、イギリスのブレア首相は、安全保障上の緊急事態が発生した場合にロシアを協議の枠組みから疎外しない組織を考え、2002年5月下旬、ローマに会したNATO加盟諸国の首脳とプーチン大統領は、NATO・ロシア理事会(NATORussiaCouncil)を創設する宣言文書に署名しました。「このように従前のNATOの意思決定機構にロシアが参画する装いの下に誕生した新理事会は、傍目にはロシアがNATOへの『準盟』を果たしたかのようなイメージを抱かせるものであった。……だが、問題の核心は、協力の対象から巧みに外された対象、端的には、NATOが『同盟』の根幹部分として重視する戦略概念の策定や共同防衛態勢の構築を巡る審議に、ロシアが関与できない点にあった。こうして見れば、NATO・ロシア理事会の創設は、第二次拡大におけるバルト諸国の加盟を前提に、NATOが一定の譲歩を示すことによって、昔日の力を失ったロシアに政治・外交面での得点を与え、また、これによってNATOとの円滑な関係の道を模索するプーチン政権を側面支援する『政治的』措置にほかならなかったのである」。

この金子氏の論文は、NATOの改編を肯定的に見ていますが、ロシアが体よくはずされているとプーチンが次第に不信感をつのらせざるをえなかった過程も冷静に見据えています。

問題は2008年ブカレストでのNATO首脳会議であったことがあらためて浮き彫りになります。アルバニアとクロアチアの加盟招請が決定されましたが、問題は旧ソ連のウクライナとグルジアの加盟候補国への格上げでした。これはアメリカの強い要請であったようですが、ヨーロッパ諸国のロシア配慮の慎重論によって、辛うじて見送られることになりました。

アメリカの国際政治学者でNATOの東方拡大を厳しく批判していることで知られるミアシャイマー教授によれば、ロシアはこの時、明確にウクライナとジョージアのNATO入りはロシアの国の存亡に関わる脅威であり、受け入れられないと主張したのであり、今回のウクライナ戦争の起源だと言い切っています(これに関してはThe United States mainly, but United States and itsallies, are responsible for this crisis, not Putin and Russia. ミアシャイマー「ウクライナ危機について」20220215 インタビュー を参照のこと。)。

そのことに眼をつぶり強引に東方拡大を推進した、西側、殊にアメリカの政治的責任は大きいと厳しく批判しています。

3 東欧諸国の民主化への動きの不可避性

しかしミアシャイマー教授の厳しい批判にもかかわらず、今回のウクライナのNATO加盟への動きは、単に、アメリカを先頭にしたNATOが画策して創り出したものというだけのものなのかという疑問は残りました。確かに2013~4年にウクライナで起きたユーロマイダン革命の際でも、アメリカの介入があったことを、電話記録から暴露されてオバマ大統領も認めたということですが、その騒乱の際に、西側が様々な支援をしていたことは疑いえないことでしょう。しかし3か月もの継続的な民衆の激しい反対行動の末に、大統領ヤヌコヴィッチがロシアに亡命せざるをえなくなったということは、それだけ民衆の激しい反ロシア感情があったということも認めなければならないように思います。2004年のオレンジ革命といわれる大統領選挙をめぐる争いの際にも、親ロシア派のヤヌコヴィッチに対してヨーロッパ連合(EU)への加入を志向するユシチェンコが結局勝利することになったことにも過半数はヨーロッパ志向であったことが知られます。その後の親欧州派内の分裂でヤヌコヴィッチの復権を許すという不手際を引き起こし、基本的な西欧志向の要求が不燃焼のままであったが、復権したヤヌコヴィッチ大統領が、2013年11月にウクライナ―EU協定署名の拒否を表明したため、再燃したというのが、ユーロマイダン革命なのでしょう。当時の世論調査では過半数より少し多い程度の支持のようですが、多数派は西欧志向であったと言えると思います。ウクライナの西部は元来カトリック国ポーランドと結びつきが深く、東部はロシア正教に近いという歴史的な経緯を無視しては、確かにウクライナ問題は理解できないのでしょう。百年以上も前の10月革命後の中央政府によってソヴィエト連邦内の自治的なウクライナ人民共和国が承認され、以後様々な経緯はありましたが、この自治体制は続きました。しかし宗教に根ざす深い文化的差異がウクライナという新興の連邦構成共和国の内部には存在しており、確かに全体的潮流として民衆は西欧志向であると簡単には言えないのでしょう。しかしウクライナが主権国家として自国の将来を決する権利をロシアは絶対に認めず、侵攻してウクライナを徹底して破壊することも辞さないとするロシアの態度が、今回の最大の問題であることは否定できないと思います。確かに民主体制の拡大という旗印のもとに、軍事的勢力拡大が為されるのは極めて危険であり、アメリカのイラク軍事侵攻に示されるように、自分勝手な言い訳でしかない場合が多くあります。そのことは認めますが、東欧諸国が、ロシアの属国扱いの同盟でなく、EUに見られるような、それぞれの加盟国の主権を尊重した合議体への参加、そしてそのための軍事的保障としてのNATO加盟を求めたことは、これらの国々の切実な要求であったことは否定できないと思います。ヨーロッパの共同性理念の優位性は認めざるを得ません。主権と連帯性の総合を明確に自らの課題として掲げる側に将来はあると言わざるをえません。

4 深い淵の覆いを取り除けられて

アメリカのバイデン大統領が、この軍事侵攻が始まった直後の段階で、自分たちはこの戦いには直接関与しない、直接関わるなら、ロシアとの全面衝突となり、核争になるリスクが高いからだと、宣言したことは、この問題のジレンマを象徴的に表しています。

一方で人道的道徳的とさえ言いうる立場から踏み込んだ主張がなされます。非道なプーチンのロシアに蹂躙されるウクライナに高性能の武器を送ることによって、支援すべきである。それは最も人道的な行為であり、国際法を踏みにじるロシアに対する戦いは正義の戦いであり、この違法行為を放置すれば、世界秩序は崩壊してしまうと。しかし他方、この戦いに全面的に参与すれば、正面衝突、核戦争にすら発展する可能性が見え隠れする中で、NATOは小出しの支援しかできません。バイデンの先の言葉は早い段階で、このジレンマを露わに示したものです。フランスと殊にドイツはその動きの遅い躊躇の姿勢の故に、ウクライナ政府から厳しい批判をうけ、ドイツ大統領のウクライナ訪問は拒絶される始末でした。仏独はこの支援が全面衝突に発展することを恐れているのです。しかし国際世論、また国内世論も次第に躊躇することを許さず、支持率の低下が顕著になりつつある中で、次第に抜き差しならぬ状態に追い込まれようとしているかのようです。そしてドイツの場合は独特の深刻さがあります。ブラント政権以来の50年にもわたるロシアとの緊張緩和政策を根底から問い直さざるを得なくなっています。日本も他人ごとではなく、戦後の歩み全体を見つめ直さざるをえません。

哲学者のJ・ハーバーマスが苦渋に満ちた文章を綴っています。﹁我々は冷戦から一つのことを学んできた。それは、核兵器所有国との戦争に何らかの合理的な意味での『勝ち』はないということだ。熱い戦争が見通しの利く期間内に軍事的な力の手段によって『勝ち』に至るということはどんな場合でもないということだ。脅かされている側は、自ら核兵器を持っていようがいなかろうが、軍事的な力の行使によって必ず起きる耐え難い破壊を勝利によってではなく、最良の場合には両方の顔を立てた妥協によってしか終わらせることはできない」。(『世界』2022年7月号、201頁 三島憲一訳) 現代という時代が解きほぐしがたい事態の中にあることを今度のウクライナでの戦争は示しています。かつてキューバ危機の際、ケネディはソ連のキューバへの核ミサイル基地建設を、核戦争を代償としても断固阻止すると言って、フルシチョフの企てを阻止しました。この決断は、1935年ミュンヘン会談でのイギリス首相チェンバレンのヒトラーへの譲歩的態度がその後のナチスの暴虐を許したということの反省からなされたと言われています。時には全面戦争への危険も覚悟して、軍事的参与をしなければならないというのです。かつて冷戦時代に、カトリックの学者たちの間で、共産主義の非人道的で過酷な支配は打ち破られねばならず、そのことのためには全面衝突、核戦争の脅威をも恐れてはならない、正義は貫かれねばならないとの厳しい主張がなされたと聞いています。これは断固とした態度かもしれませんが、決断がもたらす結果が全面破壊でしかないような現代の状況では、このヒロイズムともいえる決断主義に危うさが潜んでいることも否定できません。

確かにウクライナで日々残虐に殺されゆく人々を前にしてもなお、全面的破滅を避けるために、全面援と言いつつ、武器の小出しの援助にとどめ、生存のための妥協として、ロシアへの現実的譲歩を求めざるをえないという現実があります。あらためてこのように人間の倫理感覚をも麻痺させざるを得ない核による生存の危機こそ、現代の根本的問題であることがはっきりと見えてきます。核廃絶という、果たしえないがゆえに目を反らそうとする課題こそ、人類が生き残りうる唯一の道であることが、絶滅の危機の深い淵の向こうに、不可能に近い可能性であるとしても、くっきり見えてきます。あるいは核保有国ロシアに対するこの譲歩は、素朴でエモーショナルな倫理に対して、いつもその対応の複雑さを見せつける現実の厚みを、現代において新たに示しているに過ぎないというべきなのでしょうか。それにしても私たちが如何に深い破滅の淵に立たされているかを、戦慄をもって覚えさせられます。

(日本基督教団 北白川教会員)