起き上がる力と感謝の気持ちを与える 角田芳子

起き上がり小法師 Solae(ソラ)作/いしいくみこ 絵
ヨベル社刊

この素敵な出会いを与えてくれたソラさん作の絵本を何度も読んでみた。最初は、子どもたちに読み聞かせをしている気持で音読してみた。回数を重ねるごとに、登場人物の心模様が違って伝わる不思議な魅力が、絵本から生き生きと伝わって来た。そして、最後にソラさん自身が読まれている巻末についているCDを聞いた。中田衛樹さんがバックグラウンドミュージックで言葉に厚みを加えておられ、小法師が絵本から抜け出して微笑んでいるようだった。自転車事故に遭い頭部外傷を受けたソラさんが、生死の間をさまよっているが、そこから目が覚めて気づいた。話そうとしたが、言葉にならなかった、手を動かそうとしているのに動かない現実。周囲のお父さん、お母さんが泣いているのに気づきただならぬことになったと焦っただろう。しかし、こんな優しい家族が側にいてくれてよかった! お母さんは毎日、体をさすってくれた「起き上がれますように」「ちゃんと手が動きますように」「立つことができますように」……温かなお母さんの手のぬくもりは、ソラさんに生きていこうとする力を与えたことだろう。やがて、「神様、車いすの生活でもいいですから、起き上がれるようにしてください」という祈りへとつながっていく。この場面のいしいくみこさんの絵が何とも言えず可愛らしい! 昨日会った人たちを忘れてしまう、思い出せないことがある中でもお母さんはすごかった。マイナスの言葉を口にしなかった。手足が少しだけ動かせたソラさんに「生きているだけで、十分」「感謝だね」と言葉をかける。このコトバが、その後の彼女の支えになり、心にしみ込んでいく。今まで出来ていたことが、どう頑張っても出来ない! どんなにイライラし、怒りもわいてきただろう。そんな時支えとなったお母さんのあのコトバ、「生きているだけで、十分」。こんな状況になると、とかく人は絶望し心を閉ざしがちである。その心を開くのは、容易なことではない。筆者も何度か教育現場でそのことの難しさをひしひしと感じてきた。しかし自分に注がれている愛を感じた時、少しずつ、少しずつ心は耕され柔らかくなっていく。そこに蒔かれた種は、いつの間にか芽を出し、光に向かって成長していくのである。ソラさんは、何と素晴らしいことに、「できること探し」を始めたというのである。きっとできることは日に日に増えて、数えきれないほどになったのではなかろうか。ベットの側にあった「起き上がり小法師」が応援しているように感じた。「なんど 転んでも 必ず 起き上がる」七転び八起きの精神である。「起き上がり小法師」が難しい顔をして、ただ見ているだけでなくにっこり笑っている。ソラさんを応援して笑ってくれている。ここまで導いてくれた「たくさんの人に、ありがとう 新しい私に こんにちは」という生きているだけで満足であるという明るい未来を感じさせ、絵本は終わりになる。

この本は、育ちゆく子どもからお年寄りまでに大切なことを教えてくれている。作者はそんなことを意図していたわけではないと思うが、読む人の誰の心にも、迷いや暗闇がその年代なりにあるが、その立場ごとに何かを教えてくれている。そして、英訳がついているこの絵本は、日本だけでなく今後きっと世界中で読まれ、読む人々に起き上がる力と感謝の気持ちを与えるだろう。     

(浦和バプテスト教会員・元聖学院小学校教頭)