京阪神共助会信仰修養会に参加して 小笠原 浩平

京都駅に着くと、斎藤誠二さんが出迎えてくださった。晩秋の京都は、外国人を初めとして、多くの人で賑わっていた。本当に京都は、北白川教会は、懐かしかった。開会礼拝は、木村一雄さんだった。先ず、思ったことは選ばれた讃美歌だった。332番「♪主はいのちをあたえませり その死によりてぞわれは生きぬ」 また338番「♪主よ、おわりまで仕えまつらん」どちらも深く主を愛し、神に最後まで仕える心を示していて、共に内なる教会形成、古き良き讃美歌だと思った。

木村さんは「彼は希望するすべもなかった時に、なおも信じた」と。アブラハムの信仰について語られ、イエスの十字架によって、ユダヤ人と異邦人の壁は取り払われた、と。そして我々は、その信仰を継承し、希望を見失わないで生きること、はっきりとした意志と決断が必要だ。このような戦時下の世の中でこそ……。私は襟を正される思いだった。

片柳先生は、森 有正について話され、実際、日本は目先の物質的な豊かさのみを追うものとなった。そこに日本の危機あるいは否定的な面を見る、と話されたのが印象的であった。

下村先生は、シュナイダーの思想について話された。今回、先生が取り上げたのは戦後の思想であり、『ウィーンの冬』で書かれた言葉である。印象に残った言葉を二つだけ掲げる。

一つ目は、苦悩するキリストについて、救いとは、キリストの共苦の中で初めてなされる。二つ目は、希望は苦悩であって、キルケゴールが言っているように、真理は苦悩を通してのみ勝利するからである、と。

日常で何が正しいか、あるいは何に望みをおくかと考えたとき苦悩を通してのみ、真実な答えが与えられる、ということか。兎に角、シュナイダーの思想は、いつも〝キリスト〟が中心にあって、これは同時代のボンへッファーと同じだと感じた。

閉会祈祷会は、山本精一さんの話で、大江健三郎の話をされた。大江はこの時代の核心を受けて苦しみ続けた。そして時代と向き合って歩んだ。『ヒロシマ・オキナワノート』も然り。私も生きる姿勢として見習わねばならないと思った。

全ての人のお話を聞いて思ったことは、皆その時代、いや歴史に即して、苦悩、苦労しながらも、考え、しかも生き抜いたことだ。人は、その時代の問題と真正面に向き合い、関わりながら生きることによってのみ、真実に少しでも近づいていける。その様なことを感じ、考えた。これから自分が生きていく上で大切なことを教わった。      

(日本基督教団 青森教会員)