ベギン会を訪ね共同体について考えたこと【ベルギー便り1】 林 香苗
今年の7月からベルギーのウェスト・フランデレン州で暮らし始めました。ベルギー到着後、最初の数日はコルトレイクという都市に滞在しました。そこは、ベギン会という女性キリスト者の共同体が800年以上続いたことで有名な都市です。現在、ベギン会関連の建築物は街並みごと保存され、展示室も設けられています。
ベギン会は、12世紀に、宗教心篤かった女性たちが個人的な宗教的実践を行ったことに端を発し、主にフランドル地方で広まりました。ベギン会に所属する女性のことをベギンと呼びます。女性にとっては結婚して家族のケアをするか、修道院に入るかの二者択一しかなかった時代において、ベギン会に入ることは新しい選択肢となりました。会の特徴としては、入会・退会ともに自由にでき、加入時に立てる誓約は「貞潔」と「服従」の2つで、一般的に修道院で求められる「清貧」は含まれないことが挙げられます。財産を所有することは認められていましたし、むしろ、ベギン会はメンバーの財産と経済活動によって暮らしを成り立たせていました。ベギンの多くは実家の援助で暮らしており、足りない分は、工芸品を作ったり、亜麻やリネンの織物産業で生計を立てていました。経済的に貧しい家庭出身のベギンは、余裕のあるベギンから援助を受けて生活していました。子どもの教育や病人の看病などの社会貢献活動も担いました。
19世紀に、この地域で初めてとなる女子向けの教育機会を提供したのも、ベギン会でした。
清貧の誓約を行わないのは、ベギンの多くが裕福な家の出身であることや、教会からの支援により宗教的な独立が保たれなくなることを忌避したためと考えられます。しかしそのうちに、財産所有及び経済活動自体に積極的な意味を見出すようになったのではないかと想像します。共同体として生計を立てるためには、必然的に貧富の差や考えの差異を超えた支えあいの関係を作らざるをえなくなります。その試練に鍛えられて、共同体は現実の諸問題にも対応できるだけの柔軟性と胆力を備えるようになります。また、地域で経済活動に従事することで、同時代の人が普通に暮らしていくことのリアリティを自らのこととして経験することもできたでしょう。集団として経済的に独立しながらキリスト教徒として生きていくことは、彼女たち自身にとっては大きな達成であり、地域住民にとっては、参考になる生き方だったと思います。
ベギン会では、家族や既存の宗教団体という当時の人々にとって馴染みのあった社会の枠を超えて集った人々が一緒に生活をしました。価値観が同じというところに立ってでさえ共同生活を営むのは容易なことではありませんし、内部に経済格差があればなお一層の困難があったと思います。さらに、病めるときにも共に暮らすことはとてもチャレンジングです。共同体は構成員の努力なしでは存続しませんが、努力すれば必ず存続するものでもありません。ベギン会が数百年続いたということは、この共同体が、そこで生活した人々にフィットする枠組みであり、外部の社会とも折り合いがつくような柔軟性を備えた集まりであったことを示します。
コルトレイクに住むベギンは、2013年にMarcella Pattyn さんが92歳で亡くなったのを最後に現在はいません。しかし、ドイツでは、ベギンに触発されて女性たちの集まりが作られ始めているそうです。
家族や修道院などの既存の共同体にフィットしないと感じたら、自分にとって居心地のよい共同体を探す。
探しても見つからなければ作る。このような生き方は自身にとってもちろん大切ですし追及する価値があります。のみならず、成熟した社会をつくるためにも重要な価値あることだと思います。
いくつかの巡り合わせが重なりこの度ベルギーに移住することになりました。家族は地元企業に勤め、私は休職中です。他者との関係性に苦慮してすぐに疲れてしまう私にとって、さまざまな社会的葛藤から一旦離れられるこの機会は貴重です。言語や習慣など海外生活ゆえの大変さはありますが、周囲とはワンクッション置いて自分のペースを大切にするうちに、心が落ち着いてきたと感じます。与えられた選択肢の中から最適解を選ぶのではなく、自分なりの新しい道を歩もうとする試みは、ベギンが求めたものと通ずるかもしれません。
(日本基督教団 松本東教会員)
参考文献:Team musea Kortrijk.(2021). SAINTLY, GLORIOUS
CRONES BEGUINAGE KORTRIJK [Brochure]
