日本のキリスト教共助会に願う韓国キリスト教協議会和解統一局長(NKKC) 辛承民(シンスンミン)

(通訳 裵貞烈)

先日、北東アジアの歴史学者であり、北朝鮮専門家の和田春樹先生を迎え、韓日関係の争点と代案を模索する懇談会を開きました。和田先生は、植民地支配に対して反省のない安倍政権の破廉恥な行動について批判し、「韓半島と北東アジアの平和のために、韓日市民社会がより緊密に連帯しなければならない」と語りました。しかし、和田先生は、文ムン在ジェイン寅政府が和解治癒財団を解散させ、日本政府が支援する10億の基金を文在寅政府が肩代わりしたことについては、「愚かな決定(日本国民の誠意を拒絶することで、ほとんどの日本国民が納得できないという)」と言及したことを聞いて、過去の歴史に対する理解と対応について韓日の市民社会の間にも相当な差が存在するという事実を確認しました。このようなギャップを克服し、真摯な心を持って連帯するためには、面と向かってお互いの心の中を話し合うのが、一番よい解決策であると信じています。そのような意味で、韓日基督教共助会の会合は何より大事だと思います。

日本の社会科学者であり、平和運動家の武藤一羊先生は、アジアが真なる脱植民地化を果たし、平和と共同繁栄の時代を開いていくためには、民と民(people to people)の連帯が一番重要だと語っています。韓日関係も同じだと思います。国家(政権)の安保を優先視した国民国家から、民の安保と平和を中心とする市民国家に変えることには、市民社会と宗教の役割が非常に重要です。特に、慰安婦の問題や韓国の最高裁の徴用工の判決などで両国政府がお互いの外交的地位を格下げし、敵対的な態度を見せているこの時期に、宗教と市民社会の役割がより重要だと思います。

このような問題意識を持って日本のキリスト信者の方々に、特に日本のキリスト教共助会の会員に次のいくつかの事項をお願いしたいと思います。

1 記憶する(re-member)共同体になりましょう。

香港の中文大学のある女性神学者は2009年、東山荘プロセス25周年記念の国際会議で記憶の重要性を強調しました。記憶とは単に過去の事実を覚えるだけでなく、現在のメンバーシップを再構成することだと語りました。また現在のメンバーシップを再構成することは、新しい未来を開く出発点であるとも強調しました。

過去、植民地支配に対する記憶は、韓日両国の国民にとって苦痛です。しかし、この苦しい記憶を通じて、現在が新しく生まれ変わるのです。過去を否定して忘れようとするなら、新しい現在も、そして未来もありません。韓日関係において、私たちが今経験している、過去に対する正しい記憶は、謝罪と和解、赦しにつながります。しかし、加害に対する謝罪は、被害者が納得できるまで行うものです。そうしてからこそ、新しい未来に向かうための現在が可能になるのです。慰安婦だったお婆さんたちの誰もが、今まで納得できる謝罪を受けたとは思っていません。日本の政府と市民社会が真心を込めて歴史を反省し、後代が正確に記憶できるようにすること(例えば教科書に入れることなど)、それがまさに記憶することであり、現在を新たに構成することです。

私たちは西ドイツのブラント首相が、1970年12月、雨の降っている中、ポーランドを訪問し、ワルシャワ・ゲットーの追慕碑の前でひざまずいてユダヤ人虐殺について謝罪したことをよく知っています。この心からの謝罪で、ドイツは周辺国と新しい関係を築くことができました。終戦直後からドイツ福音主義教会(EKD)は、戦争や虐殺について徹底した罪責告白をし、このような西ドイツ教会の罪責告白が西ドイツ政府の反省を引き出しました(1965年EKDは東方社会白書を発表し、西ドイツ政府が真の反省を通じて、周辺国と和解することを促すことになりました)。

このような役割を、私たち韓日共助会がしなければならないのではないでしょうか。韓国も、ベトナムなど、多くのアジア民衆に犯した罪悪を記憶し、反省しなければならない時期だと思います。韓国の教会の役割が重要です。

2 多様性を尊重する共同体

イマヌエル・ラルティ(Immanuel Larty)という、アフリカの神学者は彼の著書である『脱植民主義の神様』で、〝創世記11章のバベルの塔のプロジェクトは、画一主義、覇権主義と多数に対する少数の支配を象徴的に示しているのであり、結局、神様はバベルの塔を倒し、言語や文化を多様に作った。これは画一主義、覇権主義に対する拒否だった〟と述べました。結論的に彼は、〝このような多様性を神の審判ではなく、神の祝福であると理解しなければならない〟と語っています。

私たちは大日本帝国が第2次世界大戦の時に、欧米の植民地支配を打破し、アジアを解放するという名目のもと、「大東亜共栄圏」を主張し、侵略戦争を合理化したことをよく覚えています。「大東亜共栄圏」とは、日本の画一主義、覇権主義を美化したに過ぎません。よく知られているように創氏改名や神社参拝の強要は「大東亜共栄圏」、「皇国臣民化」という美名下に展開されました。

この5月28日から30日まで、東京で開かれた第10次韓日教会協議会で、日本NCC、靖国神社問題委員会で活動するある牧師がこのようなお話をしました。〝明治政府が作り出した近代の天皇制は……多様性を排除し、皇国民としての同質性と画一性を求めることであり、様々な民族のアイデンティティを剥奪することでした。その強制力は今も変わらず、様々な民族と一緒に生きていく共生を妨げており、様々な民族を排除する原理で表れています〟。「他者の違いは劣等で後進的なモノであり、先進的で優越的な体系や文化によって支配されなければならない」という、西欧帝国主義者の論理(エドワード・サイード)と同じです。

お互いの違いを尊重しない画一的な文化が朝鮮人、沖縄人、アイヌ人の差別と嫌悪とにつながるのは当然の帰結です。韓国内でもクリスチャンたちが嫌悪と差別を主導する新しい勢力となりつつある事実は、反聖書的、反福音的であります。神様は嫌悪と差別を受けている人々と一緒に苦痛を分かち合っているというのが、聖書の中心的なメッセージです。だからエキュメニカル運動の中心的なスローガンも多様性の中の一致であり、この一致は社会の弱者、疎外されている者、異邦人など、違うと認められているすべての人々を含む一致です。差別と嫌悪を克服し多様性を尊重する社会を作るために私たちクリスチャンが力を合わせなければなりません。多様な価値と文化を含む話題について絶えず議論する社会を作っていくことには教会の役割が大事です。

3 平和を作る共同体

「平和をつくる者たちは幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5:9)

今日を生きて行くクリスチャンたちにとって平和を作っていくことは選択肢ではなく必須事項です。
現在、日本の安倍政権は、平和憲法9条を改正し、戦争のできる普通の国家に変えようとしています。実は、日本の平和憲法は、日本だけの平和的な資産ではなく、アジアを越えて平和を望む世界の人々の大切な資産です。そのため、2007年から2年ごとに開催される「憲法9条守護世界宗教人大会」は、回を重ねるたびに世界各地で多くの宗教人らが参加しています。日本の教会は、憲法9条の「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という条文とその精神を大切にして、尊重しなければならないという点を安倍政権に強く求めなければなりません。そのため、韓国の教会を含め、全世界の教会と市民社会が連携する必要があります。

2018年、平ピョンチャン昌冬季オリンピックを基点に開始した韓半島のプロセスは、昨年4月27日の板パンムン門店ジョム宣言、6月のシンガポール米朝首脳会談、9月の平壌の共同宣言で、その頂点に達しましたが、今年2月にハノイ米朝首脳会談は何の結果も出せず、難関に直面しています。周知のように、韓半島は北東アジア地域の火薬庫も同然です。韓半島で再び戦争が起こるなら、北東アジア住民の安全も守ることができません。共に滅んでしまいます。残念なことは、韓国と北朝鮮の政府間の信頼にますます亀裂が生じている点です。特に、米国をはじめとした強大国の覇権主義により、韓国政府が自主と民族大団結の原則を貫徹できずにいることは非常に残念なことで、韓国の教会もその責任を痛感しています。韓国教会は88宣言を通じて明らかにしたように、民族の統一に向けた5原則(自主、平和、民族大団結、民意参加、人道主義)を守りながら、全世界の教会と市民社会とともに、韓半島の平和を実現することに積極的に参加します。特に、2013年WCC総会を起点に始まった、平和条約の実現に向けたグローバルキャンペーンのため、お祈りや連帯をお願い致します。

韓日の教会、特に韓日のキリスト教共助会の皆様が、両国の平和のため、嫌悪や差別の鎖を断ち切るために、歴史を正しく記憶し、新しい未来を作っていくために共に祈り、行動できますようお願い申し上げます。