発題と応答

戦後八十年の今、私たち〈キリスト者〉に問われていること 高橋 伸明

O Mensch, bewein dein Sünde groß

 2025年、私たちは戦後八十年という節目の年を迎えました。この八十年間、日本社会は目覚ましい復興と発展を遂げ、平和と繁栄を享受してきました。しかし、この平和は自明のものではありません。私たちは、多くの犠牲の上に築かれたこの歴史を、決して忘れてはなりません。そして、この節目の年に、私たちキリスト者は、過去と向き合い、今、そして未来に向けて何が問われているのか、深く自問する必要があります。

過去の告白と、今なお残る課題

 戦後、日本の多くの教派は、戦争協力という過ちを犯したことを真摯に告白し、その責任を明確にしてきまし()。国家主義の潮流に乗り、自らの信仰を曲げ、戦争を肯定する思想に加担した過去は、キリスト者にとって深い悔い改めの課題です。八十年の時を経て、当時の直接的な記憶を持つ人々は少なくなりましたが、その告白の重みは決して軽くなることはありません。

 問われているのは、単に過去の過ちを言葉で語るだけではなく、なぜ、信仰が国家の力に屈したのか、その構造的な問題は、現代社会においても形を変えて潜んではいないでしょうか。国家の論理、経済の論理、社会の空気、そうした大きな力に流され、自らの信仰の核を揺るがされる危険性は、常に存在しています。現代の「見えない戦争」である貧困や差別、格差といった問題に対して、私たちは過去の反省を生かし、明確な信仰的態度を貫けているでしょうか。

平和の造り手としての使命

 聖書は、私たちを「平和を造り出す者たち」と呼んでいます(マタイ福音書5:9 岩波訳)。キリスト教における「平和」(シャローム)とは、単に戦争がない状態を指すのではなく、神との関係が回復し、神の御心に従った秩序が回復された、あらゆるものが満たされた状態を意味します。イエスの十字架は、神と人、そして人と人との和解を実現するための究極の平和の業でした。

 しかし、戦後八十年を経ても、世界の各地では依然として武力紛争が絶えず、一億人以上が(避)難民となっている現実があります。日本周辺の海域でも緊張が高まり、軍事的な緊張は高まる一方です。こうした状況の中で、私たちキリスト者は、安易なナショナリズムや排外主義に流されることなく、真の平和の道を模索し続けなければなりません。

 具体的には、武器によらない平和構築のあり方を追求すること、異なる民族や文化を持つ人々との間に橋を架けること、そして、分断を生み出す社会構造に異議を唱え、隣人愛を実践することが求められています。とりわけ、戦時下で苦難を強いられたアジア諸国の人々への共感を忘れてはなりませ()。沖縄の土地(米軍基地)闘争や在日コリアン(大韓)教会の抱える課()に目を向けることも、過去の反省を踏まえた大切な一歩です。

周縁に立つ教会としてのあり方

 キリスト教は、日本社会においては「小さき群れ」(ルカ12:32 田川訳)にすぎません。戦前、国家の中心に迎合しようとしたことが大きな過ちを招きました。戦後、私たちは、再び社会の中心に位置しようとするのではなく、むしろ社会の周縁に立ち、声なき声に耳を傾け、小さくされた人々と共に歩むことが、本来の姿であることを問われています。

 貧困、孤独、高齢化、児童虐待、格差といった現代社会が抱える多くの問題は、私たちキリスト者にとって看過できない課題で(4)。イエスがそうであったように、私たちは社会の片隅に追いやられた人々に仕える「他者のための教会」となるべきではないでしょうか。

信仰を次世代に伝える責任

 戦後八十年という節目は、次の世代に信仰と歴史を伝えていく責任を改めて意識する機会でもあります。戦争を直接知らない世代が増える中で、過去の歴史が単なる教科書の中の出来事として風化してしまう危機感は高まっています。

 私たちは、過去の戦争の悲劇や教会の過ちを隠さずに語り継ぎ、そこで学んだ教訓を次世代に伝えていかなければなりません。それは、単なる知識の継承ではありません。なぜ、キリスト者が戦時中に国家に迎合してしまったのか、という問いを共に分かち合い、同じ過ちを繰り返さないための信仰的な土台を築くことです。

まとめ:希望の源泉として

 戦後八十年という時は、私たちキリスト者が自らの信仰のあり方を根底から問い直す、厳粛な時です。過去の過ちを悔い改め、真の平和の造り手となること、社会の周縁に立つ者として隣人に仕えること、そして、その信仰と歴史を次世代に伝えていくこと。

 これらの問いは、現代社会の混迷と不確実性が増す中で、私たちキリスト者にとって、単なる過去の反省に留まらない、切実な使命となります。私たちは、キリストの十字架と復活がもたらす希望の光を、絶望や分断に満ちた世界に照らし出す、希望の源泉となることができるでしょうか。この問いに真摯に向き合うことこそ、戦後八十年の今、私たちキリスト者に課せられた重い責任なのです。

 最後に、〝生身の戦後〟として語り得る最後の節目に戦争体験者の声、そしてそれぞれの世代が自らの生の時間との重なり合い、さらに未来への思いを寄せた40余名によるアンソロジ(5)の中から、私と同世代の俳優・松重豊さんのエッセ()の一部をご紹介して、この拙い発題の結びといたします。

 「先の大戦を描いた作品は(あま)()ある。僕自身が、原爆を落とされた17年半後の長崎、そこで生を受けた身だ。親戚にも多くの被爆者がいて、その地から誕生した生命だと刻みつけられている。戦時を演じる際、体験者がどう感じるか、常に意識を向けることができた。それが戦後を生きた者の宿命でもあった。しかしまもなく、体験者に答えを求めることが出来ない時代がやってくる。では演じる以上、体験者のごとく語る説得力を持たなければならないのだと覚悟しよう。

 そのためには想像すること。これは僕らの職業の最も重要な作業のひとつであり、どんな時代のどんなシチュエーションでも想像力で表現することができる。戦争は悲惨であり人間としての尊厳をも踏みにじる事態であるのだと観客に想像させること。

 戦場にいる身は、哀れで不自由で惨めで、痛いしひもじい。しかし「カット」のかけ声で現実に戻れる。夢からうつつに戻れる。しかし、その夢と現実が逆転する可能性こそが戦争の恐怖だ。

 先日一本の映画にじっくりと取り組んでみて分かったことがある。映画の本質は「愛と平和」なんだ。それしかないんだ。」(日本基督教団 土佐教会担任教師)

 注

1  1967年3月26日(復活主日)に当時の日本基督教団鈴木正久総会議長の名で出された「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白(通称:戦争責任告白、戦責告白と略すことあり)」等を参照。なお、その前史として、当時の日本キリスト教協議会(NCC)議長大村勇らの訪韓や、共助会の先達たち(特に福井二郎、和田正、李仁夏、澤正彦等)の執り成しの働きは記憶に留めておくべきであろう。『歴史に生きるキリスト者』基督教共助会出版部、1993年:『沈黙の静けさの中で』日本基督教団出版局2010年 を参照。また、日本基督教団関東教区が作成した「日本基督教団罪責告白」(2013年)、ドイツ福音主義教会(EKD)の「シュトゥットガルト罪責宣言」(1945年)も参照のこと。

2 高橋哲哉「来たるべき「戦後」について」(特集「戦後50年+30年としての現在から」『世界』2025年11月号、岩波書店)。高橋は、30年前の文芸評論家加藤典洋との「敗戦後論」を巡る論争を振り返り、第二次大戦時の加害と戦後のアジア諸国への謝罪を考察している。

3 2025年は日韓基本条約締結から60年を迎える。日本キリスト教協議会(NCCJ)は「日韓条約60年とエキュメニカル運動」と題して5回の公開学習会を開催している(内容についてはNCCJのHPを参照のこと)。

4 社会保障費の削減、とりわけ医療費の高騰(高齢者の自己負担率の引き上げなど)は高齢者や障がい者にとって死活問題である。また、介護保険は制度疲労を起こしており、制度設計の見直しが急務である(『介護保険は崖っぷち』岩波ブックレット、上野千鶴子 他著、岩波書店、2025年)。

5『私の戦後80年、そしてこれからのために』岩波書店編集部 編、岩波書店、2025年

6 松重豊「干からびた「愛と平和」それこそが」、前掲書(注5)、2‐5頁。