ユートピアとしての『フィンランド』を超えて フィンランド紀行3(最終回) E.O.
クリスマスの日。町はとても静かだ。フィンランドでは、クリスマスは家族と家で御馳走を食べて過ごすらしく、タンペレではなくヘルシンキ出身の友達は帰省をしている最中だ。私はといえば、クリスマス前までヘルシンキにプチ旅行に行って
続きを読むクリスマスの日。町はとても静かだ。フィンランドでは、クリスマスは家族と家で御馳走を食べて過ごすらしく、タンペレではなくヘルシンキ出身の友達は帰省をしている最中だ。私はといえば、クリスマス前までヘルシンキにプチ旅行に行って
続きを読む先日、テレビを見ていたら「夏だけじゃない! 秋の沖縄特集」が放送されていました。さて沖縄のどんな一面を放送してくれるんだろうかとみていると、映しだされるのはきれいな海とリゾート地、おいしそうな沖縄料理と笑顔をみせる人々の
続きを読む今年は私にとって、人生の喜びと言える出来事がありました。かつての私なら、喜び一色で有頂天になっていたかも知れません。しかし、心の底から喜べないような気持ちもどこかにあります。私が今抱いている感情は、これまでの喜びとは異な
続きを読む「僕の祖父がバターン死の行進の被害者なんだ」 同僚の一言に衝撃を受けた。まさかこんな近くに日本の戦争犯罪の被害者の家族がいるだなんて。教科書で名前を習ったくらいだったその戦争加害が、急にリアリティをもって私に迫ってきた。
続きを読む◆主 題 和解―キリストの十字架による赦しに押し出されて― ◆主題聖句 「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によ
続きを読む昨年度は、「ヨハネ第一の手紙」の学びをしました。参加者は、 川田殖先生そして世話人4名、山本眞実医師と、応募してくださった12名を加えて18名(全日参加者6名)で、祈りと生活を共にする聖書研究会が豊かに開催できました。
続きを読む「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあ
続きを読む【聖書研究 ガラテヤの信徒への手紙 第6 (最終) 回】 「信仰に基づいた助け合い」(6章1~10節) 1節「兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、〝霊〟(聖霊)に導かれて生きているあなたがたは、そういう
続きを読む教会は、子どもたちや若者への教育に熱心に取り組んできた。共助会も若い人への伝道に心を砕いてきたし、今もそうだ。 教会はまた高齢者を大切にしてきた。特に、高齢化が著しい日本社会にあって、今後ますます、日本の教会は高齢者への
続きを読む5 ディートリヒ・ボンヘッファー『抵抗と信従』 5Ⅰ1 ボンヘッファーと『獄中書簡集』 ボンヘッファー(1906‐1945)は、プロテスタントの牧師・神学者で、ナチスの時代、ユダヤ人グループを国外に逃れさせる行動に加わっ
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