あたかも遺言の如くに 飯島 信
【誌上夏期信仰修養会 閉会礼拝】 ※以下、人名は敬称を略し、文中の◆で記した個人発言は小笠原亮一の記録によります。また、本文での引用は『共助』1984年10・11月号と1985年11・12月号から引用です。 『
続きを読む【誌上夏期信仰修養会 閉会礼拝】 ※以下、人名は敬称を略し、文中の◆で記した個人発言は小笠原亮一の記録によります。また、本文での引用は『共助』1984年10・11月号と1985年11・12月号から引用です。 『
続きを読むかつて、基督教共助会信仰修養会は共助会員にとって「神様の前の閲兵式」と呼ばれていたそうです。 共助会の信仰修養会に参加するようになった頃、その言葉を先輩共助会員から時折、耳にいたしました。その時の私は「閲兵式」という言葉
続きを読む6月例会は奥田先生の文集『「一筋の道」を辿る』を読み進め、片柳榮一の発表で「霊魂の記録」(159頁以下)を学びました。 「それならアウグスティヌスの沈黙の中の秘密は彼だけの特殊なものであろうか。成る程その奴隷とのかかわり
続きを読む9月1日( 火) 松本中央図書館3F 出席者7名司会 荒井洋子さん テキスト『朝鮮半島と日本の未来』姜 尚中著(集英社新書) 久しぶりに共助会を再開し、無事を喜ぶ。新しいテキストで会を始めることとなった。4月に出された
続きを読む・時 2020年10月17日(土)午前11時~午後2時半 *秋行事の多い中ですが、コロナ対策をして開催します。 *昼食は、軽食の準備をしたいと思います。 ・所 日本基督教団新潟教会2F(牧師長倉 望・神崎典子先生) 〒9
続きを読むこの度は、土肥研一先生とご一緒に共助会に入会することを許され、心より感謝申し上げます。紹介者をお引き受けくださいました飯島 信先生、三田町子様に、深く感謝致します。どうぞよろしくお願い申し上げます。私には妻と、
続きを読む昨年のクリスマス礼拝において入会しました。基督教共助会がその歩みを始めて100年もの歳月を刻んだ節目の年と重なりました。この時を選んだのも、共助会と出会ったのも、そしてこの度の入会を決心したのも、私が自分でそうしたという
続きを読むドイツ滞在中に日本国内や世界で重大事件が次々と起こったが、1972年2月の浅間山荘事件には本当に驚いた。テレビ・ニュースで放映され、そのことを知らせにきたドイツ人の友人とハラハラしながら見たのである。また5月にはテルアビ
続きを読む一.奇しき再会とバラ園訪問 5月27日曇り午後、近くのS歯科医院に出かけた。都合で2週間延期しての治療。受付で診療券を出すと間もなく呼び出された。 治療室に入ろうとしたその時、逆に退室して来た人がいる。なんと新潟共助会の
続きを読む雅歌の解釈をめぐって考察を続けます。前回は、20世紀の神学者カール・バルトとゴルヴィツァーの雅歌解釈を紹介しました。雅歌は聖書学者だけが研究対象にするのではなく、組織神学者もまたこの書に挑むのです。雅歌はさまざまな神学的
続きを読む一 尾崎風伍先生と呼ぶべきであろうが、多年兄けい事じ してきた敬愛の思いをこめてのさん付けで記すことを許されたい。 尾崎さんと私とのはじめての出会いは1962年、箱根で開かれた共助会夏期信仰修養会においてであっ
続きを読む1987年という年は、井草教会にとって、また久我山教会の前身であった元阿佐谷東教会のグループにとって大いなる転換と試練の年であった。信仰上の理由から母教会を離れたこのグループ(もう一つ同様の理由で母教会を離れたグループが
続きを読む本日は、お忙しい中、父のためにこのようにお集まり頂きましてありがとうございます。こうして、本城先生の司式のもとに告別式を無事に終えることが出来ました。 また、式の中では、心温まる弔辞をいただき、本当にありがとうございまし
続きを読む主婦としての立場から何か話すように頼まれまして、非常に困っております。と申しますのは、主婦と申しましてもまことに不甲斐ない主婦だからです。 それで特に主婦としてというわけではありませんが、去年の9月に私共の養子としてベト
続きを読む