嵐の中でも、主は共におられる 伊東 啓子
主人は2018年、住民健診で前立腺ガンと診断され、別府の病院と「サガハイマット(注)」で重粒子線がん治療を受けました。「痛くも痒くもない治療」と言ってネットで調べていたのを思い出します。「サガハイマット」ではとても優しく
続きを読む主イエス様の憐れみに只々感謝します。高校1年の時に受洗して56年。神さまの選びと導きの中で、結婚生活50年。平凡な主婦の歩み。何の取り得もない私を愛して、十字架上で死なれた救い主イエス・キリストのもったいなさにひれ伏しま
続きを読む私の住む佐久平は、紅葉が始まりました。今年は気温が後戻りすることなく下がり、久しぶりの寒い冬になりそうです。長野県は昨年の台風の被害を受け、佐久市でも川の氾濫で家が流されたりしました。あれから1年、季節は移り変わり、何事
続きを読む暑かった夏がうそのように、いつのまにか秋を通り越して、寒さすら感じる今日この頃ですが、皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。 寄稿が大変遅くなってしまいましたが、昨夏の修養会にて共助会に入会することがゆるされましたので、そ
続きを読む身をもって相ともに事をなす。人間同士の交わりは、この一事によって初めて生き生きと具体化する。しかしコロナ感染拡大のなか、われわれはそのことを抑制しなければならなくなった。動き出しと同時にブレーキをかける。あるいは動き出す
続きを読む9月例会は奥田先生の文集『「一筋の道」を辿る』を中村啓子さんの発表で、「神の力としての福音」を学びました。(1938年7月号通巻65号) 「外、時代の様々な動きに閉塞され勝ち我らの信仰、内、異なる福音の発生等凡て贖罪経験
続きを読む時 2020年10月17日(土)午前11時~午後2時半 所 新潟教会(日本基督教団)2階 出席者21名、春、コロナ禍で中止した会の再開で第14回を同じ発題者のもとで開催する。密を避けるため教会の2階、礼拝堂をお借りして行
続きを読む私は高校生の時、二年生の後半までなかなかクラスに馴染めず、いつも一人でいました。結果的に友達ができたけれど、高校生活の大半は他の人に比べとても言葉にできない孤独で虚しいもののように感じていました。 自分に居場所がないとい
続きを読む【応答:韓日修練会を通して】 日本キリスト教共助会の皆樣 私は韓国ソウル鍾路区恵化洞にある「맑은물 가온교회」(清泉コミュニティ教会Clearwater Gaon Community Church)を担任してい
続きを読む私は信徒ではありませんが、生前、父ならびに母(昭和63年に他界)が長く共助会の皆様に御助力と御厚誼を頂きましたこと、あらためて、ここに故人に代り、御礼申し上げます。 今回、父の著作物の巻末や講演、寄稿記事等を基に略歴を纏
続きを読む佐伯邦男さんが7月4日、入所しておられた旭川の介護施設で亡くなられたとの報せが蜷川文子さんから届きました。入所後の消息を案じておりましたが、天の父のもとへ凱旋されたことと信じ、主よりの慰めと平安をお祈りしています。 佐伯
続きを読む佐伯兄は私より一回り以上先輩ですが、読書会を中心に親しくしていただきました。ご自分の信仰生活の原点について、2年にも満たなかった北白川教会での生活についてよく語られていました。「昭和22年の晩秋、あるアルバイトの関係で奥
続きを読む佐伯邦男さんが旭川で召天されたことを伺い、心から哀悼の意を表します。佐伯さんに初めて逢ったのが、1980年頃であったが、私が町田市鶴川で開拓伝道を信仰の友人たちと共に始め、新会堂で礼拝を守り、鶴川北教会として若々しく地域
続きを読む病に悩む多くの人々が病の癒しを願って、主イエスを取り囲むようにして押し迫る中、主イエスは弟子たちにお命じになりました。ガリラヤ湖を渡り、向こう岸へ行くように、と。 主イエスは、病を抱えた人々を無視されたのではありません。
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