種蒔く人(2015年3号) 大島純男
昨年の十月二十三日、小雨降る中を、松本共助会のメンバーと共に山梨県北杜市に浅川・兄弟資料館を訪れた。兄・伯教は、山梨県師範学校を卒業し、しばらく小学校の訓導として働き、朝鮮に渡ったのが一九一三年のことだった。朝鮮でも訓導
続きを読む昨年の十月二十三日、小雨降る中を、松本共助会のメンバーと共に山梨県北杜市に浅川・兄弟資料館を訪れた。兄・伯教は、山梨県師範学校を卒業し、しばらく小学校の訓導として働き、朝鮮に渡ったのが一九一三年のことだった。朝鮮でも訓導
続きを読む混じりけがなく、ひたすらであることを「純一」という。澄みきった素直な心で、対峙すべき対象に恐れなく正対し、時に、大胆に身を委ねていく在り方。幼子や青年が本来的に保持する特性。だが今、この国の子どもや青年達の多くは、この純
続きを読む「あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。」(コリントの信徒への手紙1 第6章19節b─20節a) 北白川教会の任を退かれて横浜・戸塚に居を移された奥田成孝先生をお訪
続きを読む(一)新たな勤務地で一年前より出席している教会は、八月第一主日を伝道開始記念の主日として、設立時に属した旧日本基督教会(旧日基)の信仰告白(一八九〇年制定)を告白します。日本基督教団においての旧教派の信仰告白の捉え方には
続きを読む安倍政権は、富国強兵「戦争のできる強い国」へと暴走しています。秘密保護法、靖国神社参拝、非核三原則見直しや武器輸出を始めました。また、教育再生と称する、厳罰化、道徳の教科化、政府見解の教科書記載、首長の教育権限を強化した
続きを読む主イエスは言われます。「平和を実現する人は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書五章九節) 人間誰もが平和を望みます。しかし人間が存在し始めた時から常に争いの状態が続きます。隣人を忘れ、
続きを読む二〇一四年八月十五日がめぐって来る。日本では終戦記念日、韓国では光復節と呼ぶ日だ。一九七一年生まれの私は、かの戦争も、それ以前の我が国による朝鮮半島の植民地支配も直接には知らない。しかし、過去に我が国が犯した罪への反省
続きを読む二〇一四年の憲法記念日は、ひょっとすると日本が戦争の出来る国になる前の最後の憲法記念日になるかもしれない。それ程に現在の安倍政権は、平和憲法を改訂し再び日本を戦争の出来る国にする方向に舵を切ろうとしている。その主張の前
続きを読む共助会の歩みも95年目を迎えました。今年の1日研修会は「忘れ得ぬ人々」を覚えて共有する時として与えられ、30人近い方々の「思い出」が語られました。『基督教共助会九十年―その歩みに想う─』の中で「忘れ得ぬ人々」として名が
続きを読む「預言者はあなたに託宣を与えたが/むなしい、偽りの言葉ばかりであった。あなたを立ち直らせるには/一度、罪をあばくべきなのに/むなしく、迷わすことを/あなたに向かって告げるばかりであった。」 (哀歌二・一四) 「哀歌
続きを読む2014年の訪れである。キリスト教共助会創立95年を迎える。戦前、戦時、戦後の95年を貫く共助会の歩みに導かれた先達は、一体どれほどの数になるのだろう。会員として記録に残る人だけではない。夏期信仰修養会、京阪神修養会を
続きを読むあの三・一一直後、基督教独立学園高校(山形県小国町)を退職して、新潟の地に戻った。全くフリーな生活がはじまった。一日一生。今、現代をどう生きるかが問われている。その時、私の深部にくい込み、根底を支えているものが鮮明にな
続きを読む東日本大震災から、二年半が経過しようとしている。大地震に加えて、原発事故という未曽有のできごとに巻き込まれ、なかなかそこから抜け出すことができない。復興のためにと私たちが捧げ続けているお金は、適切に使われているのだろう
続きを読む「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ五・九) 六十八年前、ヒロシマ、ナガサキへの原爆、二年前福島第一原発事故の災禍を負った。原爆による痛みは六十八年を経てもなお癒されず、原発事故
続きを読む「大学キリスト者の会」(現在活動は休止しているがメール上の情報交換は続行中)の小柳義夫氏からのメールで、ティモシー・シュマルツという彫刻家の作った「ホームレス・イエス」という彫刻にまつわる話を知った。クリスマスにほど近
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