私のもう一つの歩み―聖書を原語で学ぶ 堀澤 六郎
私が聖書に出会ったのは1965年に長岡高専に入学した年です。内村鑑三の著書を通してキリスト教に出会い、内村鑑三やその流れをくむ三谷隆正、矢内原忠雄の著作とともに聖書を学びました。一方、授業ではギリシア文字を用いる数学、物
続きを読む私が聖書に出会ったのは1965年に長岡高専に入学した年です。内村鑑三の著書を通してキリスト教に出会い、内村鑑三やその流れをくむ三谷隆正、矢内原忠雄の著作とともに聖書を学びました。一方、授業ではギリシア文字を用いる数学、物
続きを読む【早天礼拝】おはようございます。昨晩の自己紹介でも触れましたが、私は山形県にあります基督教独立学園高等学校の教師をしています。3年前から教頭という役職に就きました。共助会の集いに参加するのは今回が3回目です。1回目は20
続きを読む共助会と出会って早10年、一昨年12月の久我山教会で入会を認められ、一年半を過ぎました。昨年3月に、45年間の長きに渡った母校での教員生活が終わり、ようやく自分と向き合う時間が得られるようになり省みたところ、6つの変曲点
続きを読む【誌上 一日研修会 証し】 誌上一日研修会に招かれている幸いな者です。顔と顔を合わせる喜びも大きいですが、顔と顔を思い浮かべる静かな喜びも大きいです。飯島委員長をはじめ、共助誌、共助会に連なる方々、韓国におられる兄弟姉妹
続きを読む皆さま、お久しぶりです。皆さまはお変わりなくお過ごしでしょうか。 私は今、富山の実家にて家族と共に日々を過ごしております。私は通常でしたら、京都市立芸術大学に京都の下宿から通っているはずでした。しかし、新型コロナウイルス
続きを読む小笠原亮一先生が、神に召されてから今年で10年になります。私の人生を振り返って、私に影響を与えた人は2、3人いますが、小笠原亮一先生は、決定的に影響を与えた方です。小笠原先生の一言で私は牧師になりました。先生に教えて頂い
続きを読む日本の傀儡国家「満州国」の首都、新京に生を享けて、今日、北アルプスを眺める松本での暮らしは、12年目に入りました。新家庭を茨城県高萩市でスタートしてから13回の引っ越し、ここが終の棲家であって欲しいと思っています。敗戦後
続きを読む主イエス様の憐れみに只々感謝します。高校1年の時に受洗して56年。神さまの選びと導きの中で、結婚生活50年。平凡な主婦の歩み。何の取り得もない私を愛して、十字架上で死なれた救い主イエス・キリストのもったいなさにひれ伏しま
続きを読む私は高校生の時、二年生の後半までなかなかクラスに馴染めず、いつも一人でいました。結果的に友達ができたけれど、高校生活の大半は他の人に比べとても言葉にできない孤独で虚しいもののように感じていました。 自分に居場所がないとい
続きを読む八月になると日本の敗戦の頃の事を思う。 当時私たちは朝鮮の釜山に住んでいた。家は呉服店とみそしょうゆの醸造販売をしていた。戦いは続き戦禍を避けるため母と4人の子供たちは近郊の金海(キンカイ)へ疎開した。私たちはそこの両班
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