“寄り添う”ということ(2003年10月/11月合併号) 高橋 伸明
2000年度の介護保険制度の導入に伴って、福祉の世界(特に高齢者福祉)では変革が強く叫ばれました。その中で生まれてきた言葉に”寄り添うケアというものがあります。大人数収容の施設から少人数制のグループホームヘ
続きを読む2000年度の介護保険制度の導入に伴って、福祉の世界(特に高齢者福祉)では変革が強く叫ばれました。その中で生まれてきた言葉に”寄り添うケアというものがあります。大人数収容の施設から少人数制のグループホームヘ
続きを読む今夏の夏期信仰修養会には、毎年必ず出席してこられた何人かの友人の顔が見られなかった。あるいは、初日で切り上げて帰らなければならなかった友もいた。今年の特殊事情で日程が変更されたため出席できなくなった場合もあり、これは大
続きを読む昨年の秋には成立していたであろう「有事法制三法案」(「武力攻撃事態対処法」「改正自衛隊法」「改正安保会議設置法」)が5月15日衆議院可決、6月6日参議院で可決、成立しました。衆・参両議院とも9割近くの賛成ですから(政党
続きを読む2003年3月27日の朝日新聞夕刊の第一面に、一人のアメリカ人の牧師が、警官に逮捕されている写真がのり、私はむさぼるように、その記事を読みました。「『信仰のプッシュ』どこへ」、「所属教派の戦争反対指導部との面会拒否」と
続きを読む新約聖書の多くの頁を占めるパウロの手紙を一点に絞るならば、「わたしはあなたたちの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていた」(コリント第一、2・3)に尽きる。パウロは「宣
続きを読むいま東京都は、急激な「教育改革」を進めています。その中身は教員の内と外からの徹底管理で効率を第一優先にし、競争を強いています。「協働」を叫びながら「縦系列の組織」を作ろうとしているのです。 その中でも私が一番力を注い
続きを読むさまざまな国や組織が「己の義」を主張している。イスラム教やキリスト教の善悪二元論の原理主義者の主張がナショナリズムと結びついて武力行使を正当化している。二十一世紀のナショナリズムはまた、「市場原理」という非宗教的な原理
続きを読む今から約2600年前、ユダヤの地でエレミヤは人々に向かって語った。「ユダヤは生ける真の神を捨てて神との契約を破り、神ならざる偶像を神と取り替えた故に神はユダヤを罰する。北からの災いが降りかかり、ユダヤは打ち破られて他の
続きを読むわたしたちが、現在から未来を見つめるとき、そこには絶望しかないように見える。今世紀こそ戦争のない平和な世紀にしたいとの願いはものの見事に崩れてしまった。世界各地で殺りくが繰り広げられ、貴重な人間一人ひとりの命が無残にも
続きを読む日本には会話はあっても、対話がないと思うことが多い。いろんな集会での挨拶で、「御多忙中のところ」とか「足もとの悪い中を」とか、「誠に良い御講演をいただき」とか、定形的な表現が生活の周辺にうごめいている。また、講演会や報
続きを読む雨の涼しい休日、聖書を開き暑い夏の喧騒の中からやっとわれを取り戻した。雨に黒々と潤いを得て耕される畑のように貴重な時のしずく。「2学期のこと、10月には卒業対策、そして有事法制や、教育基本法、組合、教員への締め付けを考
続きを読むいま、朝祷会、朝祷運動がしずかに続けられています。そこでは、北東アジアの平和のため、世界の平和のため、祈りの火が燃え続けています。 早朝、主のみ前に静まり、いっしょに聖書の言葉に聞き、いっしょに祈る。そのあと、食卓をと
続きを読む今この国を覆いつつある闇は、エジプト全土に臨んだ闇のように深い(出エジプト10・21-29)。敗戦という歴史的経験が、庶民レヴュルで、日々の生活現場・生活実感に回心にも似た深い陰影を与えていた時代の息吹は、いまやこの国
続きを読む「夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨て光の武具を身につけましょう」(ロマ13・12)。 悩みを抱えたまま終末に向かって歩みつづけるこの世界が、それでも信仰者にとっては遣わされた場であると、ローマ訪問を前
続きを読む第三回韓日キリスト教共助会修練会が4月の1日から3日間、ソウルのイエス教長老会女伝道会館を会場に開催された。わたしは、閉会の翌日の午後、日本福音ルーテル挙母教会の明比輝代彦牧師と共に、安重根記念館を訪れた。近くの公園に
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